・・・その折さる海辺にて、見知らぬ紅毛人より伝授を受け申した。」 奉行「伝授するには、いかなる儀式を行うたぞ。」 吉助「御水を頂戴致いてから、じゅりあのと申す名を賜ってござる。」 奉行「してその紅毛人は、その後いずこへ赴いたぞ。」・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・茶屋の手すりに眺めていた海はどこか見知らぬ顔のように、珍らしいと同時に無気味だった。――しかし干潟に立って見る海は大きい玩具箱と同じことである。玩具箱! 彼は実際神のように海と云う世界を玩具にした。蟹や寄生貝は眩ゆい干潟を右往左往に歩いてい・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・けれども白が驚いたのはそのせいばかりではありません。見知らぬ犬ならばともかくも、今犬殺しに狙われているのはお隣の飼犬の黒なのです。毎朝顔を合せる度にお互の鼻の匂を嗅ぎ合う、大の仲よしの黒なのです。 白は思わず大声に「黒君! あぶない!」・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・が、三重子は半年の間に少しも見知らぬ不良少女になった。彼の熱情を失ったのは全然三重子の責任である。少くとも幻滅の結果である。決して倦怠の結果などではない。…… 中村は二時半になるが早いか、爬虫類の標本室を出ようとした。しかし戸口へ来ない・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・ と雑所は、しっかと腕組をして、椅子の凭りに、背中を摺着けるばかり、びたりと構えて、「よく、宮浜に聞いた処が、本人にも何だか分らん、姉さんというのが見知らぬ女で、何も自分の姉という意味では無いとよ。 はじめて逢ったのかと、尋ねる・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・なまめいているといえば、しかし、引っ越しの日に手伝いに来ていた玉子という見知らぬ女も、首筋だけ白粉をつけていて、そして浜子がしていたように浴衣の裾が短かく、どこかなまめいているように、子供心にも判りました。玉子はあと片づけがすんでも帰らぬと・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・すると、あの見知らぬ競馬の男への嫉妬がすっと頭をかすめるのだった。 第九の四歳馬特別競走では、1のホワイトステーツ号が大きく出遅れて勝負を投げてしまったが、次の新抽優勝競走では寺田の買ったラッキーカップ号が二着馬を三馬身引離して、五番人・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・そんな風に厳重にしたので、まず大丈夫だと思っていたところ、ある日、あの人の留守中見知らぬ人が訪ねて来て、いきなり僕八木沢ですと言い、あと何にも言わずもじもじしているので、薄気味悪くなり、何か御用事ですかときくと、その人はちょっと妙な顔をして・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・という光代の声に辰弥は俯向きたる顔を上ぐれば、向うよりして善平とともに、見知らぬ男のこなたを指して来たりぬ。綱雄様と呼びかけたる光代の顔は見るから活き活きとして、直ちにそなたへと走り行きつつ、まあいついらっしゃったの、どんなに待っていました・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・父は見知らぬ風にて礼もいわぬが常なり、これも悲しさのあまりなるべしと心にとむる者なし。「かくて二年過ぎぬ。この港の工事なかばなりしころ吾ら夫婦、島よりここに移りてこの家を建て今の業をはじめぬ。山の端削りて道路開かれ、源叔父が家の前には今・・・ 国木田独歩 「源おじ」
出典:青空文庫