・・・僕等はその後姿を、――一人は真紅の海水着を着、もう一人はちょうど虎のように黒と黄とだんだらの海水着を着た、軽快な後姿を見送ると、いつか言い合せたように微笑していた。「彼女たちもまだ帰らなかったんだな。」 Mの声は常談らしい中にも多少・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・青い煙草の煙が、鼻眼鏡を繞って消えてしまうと、その煙の行方を見送るように、静に眼を本間さんから離して、遠い空間へ漂せながら、頭を稍後へ反らせてほとんど独り呟くように、こんな途方もない事を云い出した。「細かい事実の相違を挙げていては、際限・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・そうしてどっちか先へのったほうを、あとにのこされたほうが見送るという習慣があった。今日、船の上にいる君が、波止場をながめるのも、その時とたいした変わりはない。僕は、時々君の方を見ながら、ジョオンズとでたらめな会話をやっていた。彼はクロンプト・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・ 騎兵は将軍を見送ると、血に染んだ刀を提げたまま、もう一人の支那人の後に立った。その態度は将軍以上に、殺戮を喜ぶ気色があった。「この×××らばおれにも殺せる。」――田口一等卒はそう思いながら、枯柳の根もとに腰を下した。騎兵はまた刀を振り・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ その蔭に、遠い灯のちらりとするのを背後にして、お納戸色の薄い衣で、ひたと板戸に身を寄せて、今出て行った祖母の背後影を、凝と見送る状に彳んだ婦がある。 一目見て、幼い織次はこの現世にない姿を見ながら、驚きもせず、しかし、とぼんとして・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 見れば渠らの間には、被布着たる一個七、八歳の娘を擁しつ、見送るほどに見えずなれり。これのみならず玄関より外科室、外科室より二階なる病室に通うあいだの長き廊下には、フロックコート着たる紳士、制服着けたる武官、あるいは羽織袴の扮装の人物、・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・予が見送ると目を見合せ、「小憎らしいねえ。」 と小戻りして、顔を斜にすかしけるが、「どれ、あのくらいな御新造様を迷わしたは、どんな顔だ、よく見よう。」 といいかけて莞爾としつ。つと行く、むかいに跫音して、一行四人の人影見ゆ。・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・が、外套が外へ出た、あとを、しめざまに細りと見送る処を、外套が振返って、頬ずりをしようとすると、あれ人が見る、島田を揺って、おくれ毛とともに背いたけれども、弱々となって顔を寄せた。 これを見た治兵衛はどうする。血は火のごとく鱗を立てて、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・互に心合鍵に、早瀬見送る。――お蔦行く。――…………………………はれて逢われぬ恋仲に、人に心を奥の間より、しらせ嬉しく三千歳が、このうたいっぱいに、お蔦急ぎあしに引返す。早瀬、腕を拱きものおもいに沈む。・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・その上に間断なくニタニタ笑いながら沼南と喃々私語して行く体たらくは柩を見送るものを顰蹙せしめずには措かなかった。政界の名士沼南とも知らない行人の中には目に余って、あるいは岡焼半分に無礼な罵声を浴びせ掛けるものもあった。 その頃は既に鹿鳴・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
出典:青空文庫