・・・ オツベルはやっと覚悟をきめて、稲扱器械の前に出て、象に話をしようとしたが、そのとき象が、とてもきれいな、鶯みたいないい声で、こんな文句を云ったのだ。「ああ、だめだ。あんまりせわしく、砂がわたしの歯にあたる。」 まったく籾は、パ・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・然し今から考えて見るとそれは死を覚悟した然し取り乱さない緊張さであったと思われます。それと同時に有島さんの死も、単に普通の人の考えるような気持ばかりでそれを観ることは出来なかろうと思います。 有島さんは非常に人を観るの直覚力が鋭くあった・・・ 宮本百合子 「有島さんの死について」
・・・国所と名前を言って、覚悟をせい」「そりゃあ人違だ。おいらあ泉州産で、虎蔵と云うものだ。そんな事をした覚はねえ」 文吉が顔を覗き込んだ。「おい。亀。目の下の黒痣まで知っている己がいる。そんなしらを切るな」 男は文吉の顔を見て、草葉・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・「今さら知ッたか、覚悟せよ」 跡は降ッた、剣の雨が。草は貰ッた、赤絵具を。淋しそうに生まれ出る新月の影。くやしそうに吹く野の夕風。 中「山里は冬ぞさみしさまさりける、人目も草もかれぬと思へば」秋の山里とてその・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・創作することが副業であるなら、滅びようと滅びまいと、何かそこには覚悟が自ら生じていくにちがいないのである。私は自分の作品が自分の窮極をめざして作っていると思ったことは、かつて一度もまだなかった。私はその場所にいる自分の段階で、出来うるかぎり・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・に対して何の準備も覚悟もできていない。「死」をほんとうにまじめに考えることさえもしないらしい。 しかし私がもう五十年生きることは確実なのか。私が明日にも肺病にかかるかも知れない事は何ゆえに確実でないのか。――私は未来を知らない、死の迫っ・・・ 和辻哲郎 「停車場で感じたこと」
出典:青空文庫