・・・ といったが克明な色面に顕れ、「おお、そして何よ、憂慮をさっしゃるな、どうもしねえ、何ともねえ、俺あ頸子にも手を触りやしねえ、胸を見な、不動様のお守札が乗っけてあら、そらの、ほうら、」 菊枝は嬉しそうに血の気のない顔に淋しい笑を・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ と威勢よく呼んだ、その時は先生奮然たる態度で、のぼせるほどな日に、蒼白い顔も、もう酔ったようにかッと勢づいて、この日向で、かれこれ燗の出来ているらしい、ペイパの乾いた壜、膚触りも暖そうな二合詰を買って、これを背広の腋へ抱えるがごとくに・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・ や、もうその咳で、小父さんのお医師さんの、膚触りの柔かい、冷りとした手で、脈所をぎゅうと握られたほど、悚然とするのに、たちまち鼻が尖り、眉が逆立ち、額の皺が、ぴりぴりと蠢いて眼が血走る。…… 聞くどころか、これに怯えて、ワッと遁げ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・さあ……その櫛……指を、唇へ触りはしまいね。」「櫛は峰の方を啣えました。でも、指はあの、鬢の毛を撫でつけます時、水がなかったもんですから、つい……いいえ、毒にあたれば、神様のおぼしめしです。こんな身体を、構わんですわ。」 ちょっとな・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・手許が暗くなりましたので、袖が触りますばかりに、格子の処へ寄って、縫物をしておりますと、外は見通しの畠、畦道を馬も百姓も、往ったり、来たりします処、どこで見当をつけましたものか、あの爺のそのそ嗅ぎつけて参りましてね、蚊遣の煙がどことなく立ち・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・で、両掌を仰向け、低く紫玉の雪の爪先を頂く真似して、「かように穢いものなれば、くどくどお礼など申して、お身近はかえってお目触り、御恩は忘れぬぞや。」と胸を捻じるように杖で立って、「お有難や、有難や。ああ、苦を忘れて腑が抜けた。もし、太夫・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・この大河内家の客座敷から横手に見える羽目板が目触りだというので、椿岳は工風をして廂を少し突出して、羽目板へ直接にパノラマ風に天人の画を描いた。椿岳独特の奇才はこういう処に発揮された。この天人の画は椿岳の名物の一つに数えられていたが、惜しい哉・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・伊助は鼻の横に目だって大きなほくろが一つあり、それに触りながら利く言葉に吃りの癖も少しはあった。 伊助の潔癖は登勢の白い手さえ汚いと躊躇うほどであり、新婚の甘さはなかったが、いつか登勢にはほくろのない顔なぞ男の顔としてはもうつまらなかっ・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ 豹吉はそう思う前に、まずその女が眼触りであった。 ハナヤは豹吉やその仲間のいわば巣であり、ハナヤへ来れば、仲間の誰かが必ずトグロを巻いていて仲間の消息もきけるし、連絡も出来る。 ところが、仲間でも何でもない得体の知れぬ女が、毎・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ 吉田の弟は病室で母親を相手にしばらく当り触りのない自分の家の話などをしていたがやがて帰って行った。しばらくしてそれを送って行った母が部屋へ帰って来て、またしばらくしてのあとで、母は突然、「あの荒物屋の娘が死んだと」 と言って吉・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
出典:青空文庫