・・・村は色の白い柔和な、女にして見たいような少年、自分は美少年ではあったが、乱暴な傲慢な、喧嘩好きの少年、おまけに何時も級の一番を占めていて、試験の時は必らず最優等の成績を得る処から教員は自分の高慢が癪に触り、生徒は自分の圧制が癪に触り、自分に・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・それが藤吉にグッと癪に触りましたというものは、これまでに朋輩からお俊は親方が手をつけて持て余したのを藤吉に押しつけたのだというあてこすりを二三度聞かされましたそうで、それを藤吉が人知れず苦にしていた矢先、またもやこういうて罵しられたものです・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・とお徳はお源の言葉が癪に触り、植木屋の貧乏なことを知りながら言った。「頼まれる位なら頼むサ」とお源は軽く言った。「頼むと来るよ」とお徳は猶一つ皮肉を言った。 お源は負けぬ気性だから、これにはむっとしたが、大庭家に於けるお徳の勢力・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・大倉の別荘の石垣に、白赤の萩溢るゝがごときに、二輌の馬車門を出でて南へ馳せ去りたる、あれは喜八郎の一家か、車上の男女いたく澄まし顔なるが先ず癪に触りける。三囲の稲荷堤上より拝し、腹まだ治まらねば団子かじる気もなく、ようやく百花園への道札見付・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・余りブッキラボーでない、当り触りが宜いというので御座います。鮮かで穏かで寔に宜い。それは悪い事とは思いません。そういう人に接している方が野蛮人に接しているよりは宜い。一口感情を害しても直ぐに擲られるというような人より宜い。それを攻撃する訳じ・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・不思議な事に洋杖が鼻へ触りさえすれば豚はころりと谷の底へ落ちて行く。覗いて見ると底の見えない絶壁を、逆さになった豚が行列して落ちて行く。自分がこのくらい多くの豚を谷へ落したかと思うと、庄太郎は我ながら怖くなった。けれども豚は続々くる。黒雲に・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・西洋では花でつめるという事があるそうだが、これは我々の理想にかのうたような仕方で実によい感じがするのであるが、併し花ではからだ触りが柔かなだけに、つめ物にはならないような気がする。尤棺の幅を非常に狭くして死体は棺で動かぬようにして置けば花で・・・ 正岡子規 「死後」
・・・手に触り体が触れるあらゆる建物の部分は、幸福に乾いてぽかぽかしている。見えない運動場の隅から響いて来るときの声、すぐ目の前で、「おーひとおぬけ、おーふたおぬけ、ぬけた、ちょんきり、おじゃみさーあくら」と調子をつけて唱う声々の錯綜。―・・・ 宮本百合子 「思い出すかずかず」
出典:青空文庫