・・・額縁や製本も、少しは測定上邪魔になるそうですが、そう云う誤差は後で訂正するから、大丈夫です。」「それはとにかく、便利なものですね。」「非常に便利です。所謂文明の利器ですな。」角顋は、ポケットから朝日を一本出して、口へくわえながら、「・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・ と附け足して、あとから訂正なぞはさせないぞという気勢を示したが、矢部はたじろぐ風も見せずに平気なものだった。実際彼から見ていても、父の申し出の中には、あまりに些末のことにわたって、相手に腹の細さを見透かされはしまいかと思う事もあった。・・・ 有島武郎 「親子」
・・・その時僕は恐る恐る、実は今御掲載中の小説は私の書いたものでありますが、校正などに間違いもあるし、かねて少し訂正したいと思っていた処もありますから、何の報酬も望む所ではありませんが、一度原稿を見せて戴く訳には行きませんか、こう持ちかけた。実は・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ そして一時間も窓口で原稿を訂正していた。 やっと式場へかけつけ、花嫁側に、仕事にかけるとこんな男ですからと、私が釈明すると、「いや、仕事にご熱心なのは結構です」 と、釈然としてくれて、式は無事に済んだ。 ところが、四五・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・ところを見ると、もともと好きだったのだろう。そういえば、たしか小学校の五年生の時にも対話風の綴方を書いていた。彼女だとか少女だとかいう言葉が飛び出したが、それを先生は「かのおんな」「かのおとめ」と訂正して読まれた。 戯曲ではチェーホフ、・・・ 織田作之助 「わが文学修業」
・・・と、病人は直ぐ「看護婦さん、そりゃ間違っているでしょう。お母さん脈」といって手を差出しました。私はその手を握りながら「ああ脈は百十だね、呼吸は三十二」と訂正しました。普段から、こんな風に私は病人の苦痛を軽くする為に、何時も本当のことは言わな・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・読み返しては訂正していたのが、それもできなくなってしまった。どう直せばいいのか、書きはじめの気持そのものが自分にはどうにも思い出せなくなっていたのである。こんなことにかかりあっていてはよくないなと、薄うす自分は思いはじめた。しかし自分は執念・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・あの人たちには、私の描写に対して訂正を申込み給う機会さえ無いのだから。 私は絶対に嘘を書いてはいけない。 中畑さんも北さんも、共に、かれこれ五十歳。中畑さんのほうが、一つか二つ若いかも知れない。中畑さんは、私の死んだ父に、愛されてい・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・そうして貴下の御心配下さる事柄に対して、小生としても既に訂正しつつあるということを御報告したいのです。それは前陳の、予感があったという、それだけでも、うなずいて頂けると思います。何はしかれ、御手紙をうれしく拝見したことをもう一度申し上げて万・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ 本当は副組長なのだけれど、組長のお方がお年寄りなので、組長の仕事を代りにやってあげているのです、と奥様が小声で訂正して下さった。亀井さんの御主人は、本当にまめで、うちの主人とは雲泥の差だ。 お菓子をいただいて玄関先で失礼した。・・・ 太宰治 「十二月八日」
出典:青空文庫