・・・と達筆だが、律義そうなその楷書の字が薄給で七人の家族を養っているというこの老訓導の日々の営みを、ふと覗かせているようだった。口髭の先に水洟が光って、埃も溜っているのは、寒空の十町を歩いて来たせい許りではなかろう。「先日聴いた話ですが」と・・・ 織田作之助 「世相」
・・・受持ちの訓導は庄之助を呼んで注意した。が、庄之助はその訓導と喧嘩して帰った。 彼は氏神の前に誓った通り、もう仕事にも出掛けず、弟子も取らず、一日家にいて、そして寿子が学校へ出掛けた留守中は、どうすれば人一倍小柄な寿子の貧弱な体格で、元来・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・此の時には校長と次席訓導とが二人がかりで私を調べた。どういう気持で之を書いたか、と聞かれたので、私はただ面白半分に書きました、といい加減なごまかしを言った。次席訓導は手帖へ、『好奇心』と書き込んだ。それから私と次席訓導とが少し議論を始めた。・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・この辺で、むかし松本訓導という優しい先生が、教え子を救おうとして、かえって自分が溺死なされた。川幅は、こんなに狭いが、ひどく深く、流れの力も強いという話である。この土地の人は、この川を、人喰い川と呼んで、恐怖している。私は、少し疲れた。花び・・・ 太宰治 「乞食学生」
甲府は盆地である。四辺、皆、山である。小学生のころ、地理ではじめて、盆地という言葉に接して、訓導からさまざまに説明していただいたが、どうしても、その実景を、想像してみることができなかった。甲府へ来て見て、はじめて、なるほど・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・草田舎の国民学校訓導より。―― 私は返事を出した。 ――拝復。貴翰拝読いたしました。ひとにものを尋ねる時には、も少していねいな文章を書く事に致しましょう。小国民の教育をなさっている人が、これでは、いけないと思いました。 御質問に・・・ 太宰治 「新郎」
・・・小学校訓導をふり出しにして、今は高等女学校の校長となり、或は小学校を卒業したばかりで、どういういきさつにもせよ、今度立候補して当選する度胸がつくまでに、これまでの日本は、女一人をたやすく歩ませては来なかったに相違ない。しかし、この個人個人の・・・ 宮本百合子 「一票の教訓」
出典:青空文庫