・・・山の麓の隅の隅が、山扁の嵎といった僻地で……以前は、里からではようやく木樵が通いますくらい、まるで人跡絶えたといった交通の不便な処でございましてな、地図をちょっと御覧なすっても分りますが、絶所、悪路の記号という、あのパチパチッとした線香花火・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・背嚢の中についていた記号は、それが、松木と武石の中隊のものであることを物語った。 翌日中隊は、早朝から、烏が渦巻いている空の下へ出かけて行った。烏は、既に、浅猿しくも、雪の上に群がって、貪慾な嘴で、そこをかきさがしつついていた。 兵・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 英語の記号と、番号のはいった四角の杭が次々に、麦畑の中へ打たれて行った。 麦を踏み折られて、ぶつ/\小言を云わずにいられなかったのは小作人だ。 親爺は、麦が踏み折られたことを喜んだ。 地主も、自作農も、麦が踏まれたことは、・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・象形文字であろうが、速記記号であろうが、ともかくも読める記号文字で、粘土板でもパピラスでも「記録」されたものでなければおそらくそれを文学とは名づけることができないであろう。つまり文学というものも一つの「実証的な存在」である。甲某が死ぬ前に考・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 数学も実はやはり一種の語学のようなものである、いろいろなベグリッフがいろいろな記号符号で表わされ、それが一種の文法に従って配列されると、それが数理の国の人々の話す文句となり、つづる文章となる。もちろん、その言語の内容は、われわれ日常の・・・ 寺田寅彦 「数学と語学」
・・・山霧深うして記号標の芒の中に淋しげなる、霜夜の頃やいかに淋しからん。 これより下り坂となり、国府津近くなれば天また晴れたり。今越えし山に綿雲かゝりて其処とも見え分かず。さきの日国府津にて宿を拒まれようやくにして捜し当てたる町外れの宿に二・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ 科学上の真を言明するために使用する言語や記号は純化され洗煉されて、それぞれ明確な意味をもっている。換言すれば有限な数の言語で説明し尽さるべき性質の概念である。漫画家の言語たる線や点や色はこれに反して多次的な無限の「連続」を形成するもの・・・ 寺田寅彦 「漫画と科学」
・・・これが大きな管弦楽ならばまたいっそう多数の音が重畳して来るわけであるが、連句の一句に同時に響いて来る表象情緒の重なり方の複雑さは、管弦楽などよりもいっそうウルトラの複雑さで到底数字や記号で表わさるべき程度のものではないのである。それでもわれ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・だからお上でも高等官一等を拵えてみたり、二等を拵えてみたり、あるいは学士、博士を拵えてみたりして門外漢に対して便宜を与え、一種の締括りある二字か三字の記号を本来の区別と心得て満足する連中に安慰を与えている。以上を一口にして云えば物の内容を知・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・そしてまた、音そのものの記号の上にだけ民族的特徴をとらえたとして、それの羅列で作ったところで、やはり流動する生命のリズムとしての民族性は人の心をうつものたり得ないことが実感されたのも興味ふかかった。文学は、文字でかかれつつ文字の上にだけその・・・ 宮本百合子 「音楽の民族性と諷刺」
出典:青空文庫