・・・しかしいまだに僕の家には薄暗い納戸の隅の棚にお狸様の宮を設け、夜は必ずその宮の前に小さい蝋燭をともしている。 八 蘭 僕は時々狭い庭を歩き、父の真似をして雑草を抜いた。実際庭は水場だけにいろいろの草を生じやすかった。・・・ 芥川竜之介 「追憶」
上 実は好奇心のゆえに、しかれども予は予が画師たるを利器として、ともかくも口実を設けつつ、予と兄弟もただならざる医学士高峰をしいて、某の日東京府下の一病院において、渠が刀を下すべき、貴船伯爵夫人の手術をば予をして見せしむることを・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・東に向けて臥床設けし、枕頭なる皿のなかに、蜜柑と熟したる葡萄と装りたり。枕をば高くしつ。病める人は頭埋めて、小やかにぞ臥したりける。 思いしよりなお瘠せたり。頬のあたり太く細りぬ。真白うて玉なす顔、両の瞼に血の色染めて、うつくしさ、気高・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・東京ならば牛鍋屋か鰻屋ででもなければ見られない茶ぶだいなるものの前に座を設けられた予は、岡村は暢気だから、未だ気が若いから、遠来の客の感情を傷うた事も心づかずにこんな事をするのだ、悪気があっての事ではないと、吾れ自ら頻りに解釈して居るものの・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・かつ対談数刻に渉ってもかつて倦色を示した事がなく、如何なる人に対しても少しも城府を設けないで、己れの赤心を他人の腹中に置くというような話しぶりは益々人をして心服せしめずには置かなかった。 二葉亭を何といったら宜かろう。小説家型というもの・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・この方針から在来の女大学的主義を排して高等学術を授け、外国語を重要課目として旁ら洋楽及び舞踏を教え、直轄女学校の学生には洋装せしめ、高等女学校には欧風寄宿舎を設け、英国婦人の監督の下に欧風生活を実習させて、日本の女をして一足飛びに西洋の女た・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・新たに町村は設けられました。地価は非常に騰貴しました、あるところにおいては四十年前の百五十倍に達しました。道路と鉄道とは縦横に築かれました。わが四国全島にさらに一千方マイルを加えたるユトランドは復活しました、戦争によって失いしシュレスウィヒ・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・「人間のみずから設けた禁猟区にいて、こちらの身の安全をはかるということは、なんと賢明なやり方ではないか。もしここを飛び出したが最後、自分たちは、いつどこで、どんな危険にさらされないともかぎらないだろう。」と、Bがんが、いいました。「・・・ 小川未明 「がん」
・・・御寮人さんはその一軒の低い軒先をはいるなり、実は女子衆に子供がちょっともなつかしまへんよってと、うまい口実を設けていもりの雄雌二匹を買った。 帰り途、二つ井戸下大和橋東詰で三色ういろと、その向いの蒲鉾屋で、晩のお菜の三杯酢にする半助とは・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・それと、もうひとつこれもおれの智慧だが、同じ薬に上製と特製の二種類を設けたことが、非常に効果的だった。どうせ、中身はたいして変らぬのだが、特製といえば、なにか治りがはやいように思って、べらぼうに高価いのに、いや、高価いだけに、一層売れた。知・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
出典:青空文庫