・・・が、甚太夫は頭を振って、許す気色も見せなかった。 やがて寺の門の空には、這い塞った雲の間に、疎な星影がちらつき出した。けれども甚太夫は塀に身を寄せて、執念く兵衛を待ち続けた。実際敵を持つ兵衛の身としては、夜更けに人知れず仏参をすます事が・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ただ何年かたって死んだ後、死体の解剖を許す代りに五百円の金を貰ったのです。いや、五百円の金を貰ったのではない、二百円は死後に受けとることにし、差し当りは契約書と引き換えに三百円だけ貰ったのです。ではその死後に受けとる二百円は一体誰の手へ渡る・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・私が許す、小山由之助だ、大審院の判事が許して、その証拠に、盗をしたいと思ったお前と一所になろう。婆さん、媒妁人は頼んだよ。」 迷信の深い小山夫人は、その後永く鳥獣の肉と茶断をして、判事の無事を祈っている。蓋し当時、夫婦を呪詛するという捨・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・吾子を許すではないが政は未だ児供だ。民やは十七ではないか。つまらぬ噂をされるとお前の体に疵がつく。政夫だって気をつけろ……。来月から千葉の中学へ行くんじゃないか」 民子は年が多いし且は意味あって僕の所へゆくであろうと思われたと気がついた・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・省作だって悪い男ではあんめい、悪い男ではあんめいけど、向うも出る人おまえも出る人、事が始めから無理だ。許すに許されない二人のないしょ事だ。いわば親の許さぬ淫奔というものでないか、えいか」 おとよはこの時はらはらと涙を膝の上に落とした。涙・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・が、子女の父兄は教師も学校も許す以上はこれを制裁する術がなく、呆然として学校の為すままに任して、これが即ち文明であると思っていた。 自然女学校は高砂社をも副業とした。教師が媒酌人となるは勿論、教師自から生徒を娶る事すら不思議がられず、理・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・代小説の形式は、つねに伝統的形式へのアンチテエゼでなければならぬのに、近代以前の日本の伝統的小説が敗戦後もなお権威をもっている文壇の保守性はついに日本文学に近代性をもたらすという今日の文学的要求への、許すべからざる反動である。現在少数の作家・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・いや、事実そんなことがあるのではなかろうか、と言った想像も彼らのみてくれからは充分に許すことができるほどであった。そんな彼らが今や凝っと天井にとまっている。それはほんとうに死んだようである。 そうした、錯覚に似た彼らを眠るまえ枕の上から・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・が、しかし主人真蔵の平常の優しい心から遂にこれを許すことになった。其方で木戸を丈夫に造り、開閉を厳重にするという条件であったが、植木屋は其処らの籔から青竹を切って来て、これに杉の葉など交ぜ加えて無細工の木戸を造くって了った。出来上ったのを見・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ 拙者が媒酌者を承諾するや直ぐ細川を呼びにやった、細川は直ぐ来た、其処で梅子嬢も一座し四人同席の上、老先生からあらためて細川に向い梅子嬢を許すことを語られ又梅子嬢の口から、父の処置に就いては少しも異議なく喜んで細川氏に嫁すべきを誓い、婚・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
出典:青空文庫