・・・が、その家に伝わったもので、画は面白くなくても椿岳の師伝を証する作である。椿年歿して後は高久隆古に就き、隆古が死んでからは専ら倭絵の粉本について自得し、旁ら容斎の教を受けた。隆古には殊に傾倒していたと見えて、隆古の筆意は晩年の作にまで現れて・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・時無からん 人は周南詩句の裡に在り 夭桃満面好手姿 丶大名士頭を回せば即ち神仙 卓は飛ぶ関左跡飄然 鞋花笠雪三千里 雨に沐し風に梳る数十年 縦ひ妖魔をして障碍を成さしむるも 古仏因縁を証する無かるべけん 明珠八顆都て収拾す ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・眼だけは、文字の上に止っても、頭で他のことを空想するように、感ずる興味の乏しいものは、その書物と読む者の間が、畢竟、無関係に置かれるのを証する以外に、何ものでもありません。それであるから、所謂、良書なるものは、その人によって、定められるのが・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・今日、多くの職業婦人の出現は、たしかに与えられつゝあることを証するにはちがいないが、果して、女子は、これによって経済上の独立を全うしつゝあるであろうか? 多くの男子に於てすら、まだ生存権の確立を得ないものが女子に於て、それを得らるべき筈・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・ドレフュー事件の際に於ける仏国軍人の盲従は、未だ以って彼等の道心欠乏を証するに足らずと。果して然る乎。 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・蜂は真理を証するかのように、コップの中でグルグル廻って、身を悶えて、死んだ。「最早マイりましたかネ」と学士も笑った。 間もなく学士は高瀬と一緒に成った。二人が教員室の方へ戻って行った時は、誰もそこに残っていなかった。桜井先生の室の戸・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 迷信に関する第九十一段なども頭の明らかなことを証する一例である。「吉日を選びてなしたるわざの、すゑとほらぬを数へてみんもひとしかるべし」というのは、現代の科学者が統計学の理論を持出してしかめつらしく論じることを、すらすらと大和言葉で云・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・実に瑣末な事柄ではあるが、これだけでもままにならぬ人世という古い標語の真実性を証するための一例にはなるのである。日曜に天気のいいという確率、家族の甲乙丙の銘々が暇だという三つの確率、この四つがそれぞれ二分の一ずつだとしても、十六分の一しか都・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
・・・化学的現象は勿論の事、ブラウン運動等の研究はますます分子原子の実存を証するようになり、真空管や放射性物質の研究はどうしても電子の存在を必然とするようになって来た。人間が簡単を要求しても自然はそれには頓着しない。ただ複雑な変化の微小な事、また・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・去れどその事実を事実と証する程の出来事が驀地に現前せぬうちは、夢と思うてその日を過すが人の世の習いである。夢と思うは嬉しく、思わぬがつらいからである。戦は事実であると思案の臍を堅めたのは昨日や今日の事ではない。只事実に相違ないと思い定めた戦・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫