・・・マランダンはどこまでも自分の証拠をあげて主張した。かれらは一時間ばかりの間、言い争った。アウシュコルンは自分で願って身躰の検査を求めた。手帳らしきものも見いだされなかった。 ついに市長は大いに困ってその筋に上申して指揮を仰ぐのほかなしと・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・裁判所で証拠立てをして拵えた判決文を事実だと云って、それを本当だとするのが、普通の意味の本当だろう。ところが、そう云う意味の事実と云うものは存在しない。事実だと云っても、人間の写象を通過した以上は、物質論者のランゲの謂う湊合が加わっている。・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・その間にわたくしが後悔しておことわりをせずに、我慢していましたのは、よっぽどあなたに迷っていた証拠でございますわ。一体冷却する時間をお与えなさるなんと云うことは、女に取って、一番堪忍出来にくいのでございますけれど。そのうち馬車が参りましたの・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・二十一歳の青年で、零の置きどころに意識をさし入れたということは、あらゆる既成の観念に疑問を抱いた証拠であった。おそらく、彼を認めるものはいなかろうと梶は思った。「通ることがありますか。あなたの主張は。」と梶は訊ねた。「なかなか通りま・・・ 横光利一 「微笑」
・・・他人の内に穢ないもののある事を見いだすのは、要するに自分の内にも同じもののある証拠に過ぎませんでした。五 あまりジメジメした事ばかりを書いてすみません。しかしあなたに訴えれば私の胸はいくらか軽くなるのです。 私たちが今矮・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫