・・・ 冬の落日が木の梢に黄に輝く時、煉瓦校舎を背に枯草に座った私共が円くなって、てんでに詠草を繰って見た日を。 安永先生が浪にゆられゆられて行く小舟の様に、ゆーらりゆーらりと体をまえうしろにゆりながら、十代の娘の様な傷的な響で、日中に見・・・ 宮本百合子 「たより」
・・・ 灯がその火屋の中にともるとキラキラと光るニッケル唐草の円いランプがあって、母は留守の父のテーブルの上にそのランプを明々とつけ、その上で雁皮紙を詠草のよう横に折った上へ、細筆でよく手紙を書いた。白い西洋封筒は軽い薄い雁皮の紙ながら、ふっ・・・ 宮本百合子 「父の手紙」
・・・ 早い春の暮方、その頃歌をやって居た私共六七人のものは、学校の裏の草の厚い様な所に安永さんを中心に円く座って、てんでに詠草の見っこをして居た。 その時、私の樫の木の歌の中に「空にひ入る」と云う言葉があったのを、「私にはあんまり強・・・ 宮本百合子 「ひととき」
・・・と、常の詠草のように書いてある。署名はしてない。歌の中に五助としてあるから、二重に名を書かなくてもよいと、すなおに考えたのが、自然に故実にかなっていた。 もうこれで何も手落ちはないと思った五助は「松野様、お頼み申します」と言って、安座し・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫