・・・ 私は何かしら寂しい物足りなさを感じながら、何か詩歌の話でもしかけようかと思ったが、差し控えていた。のみならず、実行上のことにおいても、彼はあまり単純であるように思われた。自分の仕えている主人と現在の職業のほかに、自分の境地を拓いてゆく・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・されど世に理窟をも感ぜず思想をも感ぜず詩歌をも感ぜず美術をも感ぜざるものあらば、そは正にこの輩なる事を忘るるなかれ。彼らの頭脳の組織は麁そこうにして覚り鈍き事その源因たるは疑うべからず」カーライルとショペンハウアとは実は十九世紀の好一対であ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ この他、『唐詩選』の李于鱗における、百人一首の定家卿における、その詩歌の名声を得て今にいたるまで人口に膾炙するは、とくに選者の学識いかんによるを見るべし。わずかに詩歌の撰にして、なおかつ然り。いわんや道徳の教書たる倫理教科書の如きにお・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・ 万葉集を読んだ人は、誰でもあの詩歌の世界で、実にすなおに率直に男女の心持が流露されているのを知っているが、あのなかには沢山の可愛い女、美しい女、あでやかな女を恋い讚えた表現があるけれども、一つも女らしい女という規準で讚美されている女の・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・折から、友人が、日本詩歌のリズムを心理学的な実験によって研究した本を差入れてくれた。東京帝大の心理学実験室でなされたこの仕事は、題目としては過去において七五調が永年日本人にしたしまれて来たその心理学的根拠をしらべたものであった。私はだんだん・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・ 文学の分野では、日本古典の中にも何人かの婦人たちのかがやかしい足跡がある。詩歌と小説随筆とが、彼女たちの活躍の領域であって、文学評論の古典で、婦人の手になったというものはのこされていない。この点も今日の私たち女にはいろいろと考えさせる・・・ 宮本百合子 「婦人の文化的な創造力」
・・・と叫ばれ、「遂に、新しき詩歌の時」が来た。 日清戦争後に起った自然主義の移入は、過去の因習に反逆すると同時にこのロマンチックな人間性への憧憬をも蹴破った。人間生活の暗い半面、神性に対する獣としての人間が描かれはじめたのであったが、自然主・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・日本文化の華として、廟行鎮の武勇歌などに奨励され、中国では世界及東洋文学史の上に一つの足跡をのこす「われらは鉄の隊伍」の歌となって出て来ている。日本詩歌の形として自由律の意義とその将来について森山啓氏が八月の『日本評論』に「日本の詩はどうな・・・ 宮本百合子 「ペンクラブのパリ大会」
・・・おりおり詩歌など吟ずるを聞くに皆訛れり。おもうにヰルヘルム、ハウフが文に見えたる物学びし猿はかくこそありけめ。唯彼猿はそのむかしを忘れずして、猶亜米利加の山に栖める妻の許へふみおくりしなどいと殊勝に見ゆる節もありしが、この男はおなじ郷の人を・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫