・・・もない、厳粛でもない、恐怖でもない、刑罰でもない、憤怒でもない、諦観でもない、秋涼でもない、平和でもない、後悔でもない、沈思でもない、打算でもない、愛でもない、救いでもない、言葉でもってそんなに派手に誇示できる感情の看板は、ひとつも持ち合せ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・酔いが進むに連れて、ひとりで悲愴がって、この会合全体を否定してみたり、きざに異端を誇示しようと企んだり、或いは思い直して、いやいやここに列席している人たちは、みな一廉の人物なのだ、優しく謙虚な芸術家なのだ、誠実に、苦労して生きて来た人たちば・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ 作家というものは、ずいぶん見栄坊であって、自分のひそかに苦心した作品など、苦心しなかったようにして誇示したいものだ。 私は、私の最初の短篇集『晩年』二百四十一頁を、たった三夜で書きあげた、といったら、諸兄は、どんな顔をするだろう。・・・ 太宰治 「創作余談」
・・・小説、そんなもんじゃない、その時代に於いていかなる学者も未だ読んでいないような書を万巻読んでいるんだ、その点だけで君はすでに失格だ、それから腕力だって、例外なしにずば抜けて強かった、しかも決してそれを誇示しない、君は剣道二段だそうで、酒を飲・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・私には、まだ、これといって誇示できるような作品がないから、あまり大きいことは言えないが、それは、ちょっと、へんな作法である。言い出そうとして、流石に、口ごもるのである。言っては、いけないことかも知れない。へんなものである。なに、まえから無意・・・ 太宰治 「女人創造」
・・・以前は、私にとって、世評は生活の全部であり、それゆえに、おっかなくて、ことさらにそれに無関心を装い、それへの反撥で、かえって私は猛りたち、人が右と言えば、意味なく左に踏み迷い、そこにおのれの高さを誇示しようと努めたものだ。けれども今は、どん・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・と銘題打って、ひろく世に誇示なされる迄は、わずかに琴の上手として一地方にのみ知られていただけのものでは無かったかと思う。それが、今では、人名辞典を開けば、すなわち「葛原勾当」の項が、ちゃんと出ているのであるから、故勾当も、よいお孫を得られて・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・Yの洋装に田舎の子らしい反感を持ったのと、手下どもに己を誇示したかったのとが、偶然この少年をして「殴られる彼奴」にした原因だ。帰り、天主堂の坂下にその少年、他の仲間といたが、Yを認めると背中に括りつけられた隠し切れない旗じるしをひどく迷惑に・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・元帥ほどの人物が、そこを見落していなかったことは、彼の日常生活の簡素な心がけや、歴史の上に箇人的武勇を誇示することを嫌ったというところにあらわれていると見ることが出来る。 ところが、元帥をかこむ社会関係においてその心持は、常に十分活かし・・・ 宮本百合子 「花のたより」
・・・いつも、自分の方にはこういうものがある、どうだ、という誇示した形でそれを示します。自分の歴史に科学的な客観的な評価がもてないのです。なるほど、レオナルド・ダ・ヴィンチは、ルネッサンス時代の大天才の一人であり、その綜合的な独創性は冠絶したもの・・・ 宮本百合子 「婦人の創造力」
出典:青空文庫