・・・庶務課長のじろりとした眼を情けなく顔に感じながら、それでも神妙にいろいろ受け応えし、採用と決った。けれども、翌日行ってみると、やらされた仕事は給仕と同じことだった。自転車に乗れる青年を求むという広告文で、それと察しなかったのは迂濶だった。新・・・ 織田作之助 「雨」
・・・「あンちき生、課長や、山長さんにゃおべっかばっかしこけやがって!」 阿見がケージをたゞ一人で占領して上へあがると、びっこの爺さんが笑い出した。 市三は、罪人のようにいつまでも暗いところで小さく悄げこんでいた。「何だい、おじ/・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・なにせ、東京は食糧が無いんで、兄は大学を出て課長をしているが、いつも俺に米を送ってよこせという手紙だ。しかし、送るのがたいへんでな。兄が自分で取りに来たら、そうしたら、俺はいくらでも背負わさせてやるんだが、やっぱり東京の役所の課長ともなれば・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・そうした場合に、同室にいる課長殿が、これは誰かに対する信号だということに気が付いたとしても、その信号を受けているのが室内のどの男だかということが分かりにくい。そこにこの信号の長所がある訳である。それで課長殿が窓際へ行って信号の出処を見届けよ・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・今年の文官試験にも残念ながら落第してしまった。課長の処へ挨拶に行ったら、仕方がないまたやるさと云ってくれた。自分もそう思った。去年の試験にしくじった時もやはり仕方がないと思ったが、その時の仕方がないと今度のとは少し心持が違う。去年のは何処か・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・アンモニアの効くことは県の衛生課長も声明しています。」「あてにならん。」「そうですか。とにかく、だいぶ腫れて参ったようです。」 親方のアーティストは、少ししゃくにさわったと見えて、プイッとうしろを向いて、フラスコを持ったまま向う・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 同じ婦人民主新聞に、G・H・Qの労働課長シュークリフ女史が、今年義務教育を終った十三万人の女の子の就職について語っている親切な忠告を見くらべると、深い感情にうたれます。シュークリフ女史はいっています。日本の紡績工業者は、新卒業子女の大・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・その衝立をまわって、多勢の係員のいるところから、また一つドアがあって、その中に課長が一人でいた。デスクにむかい、折目の立った整った身なりの四十がらみの人であった。 中野重治が、訪問のわけを話した。作家としての生活権を奪われることは迷惑で・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・ いま新京を遁走するという八月九日の夜、観象台の課長であった著者の良人が、責任感から、他の所員を引揚団の団長にして自分は一応残留したという事実に、読者は、そのときその人の妻が良人に向っていった言葉とは、ちがった行為の価値を見いだす。妻は・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・そのなかの一人である安倍源基は特高課長、警視総監、内務大臣と出世したが、その立身の一段一段は小林多喜二の血に染められ岩田義道の命をふみ台にしている。天羽英二は情報局長としてあんなに人民の言論と思想、文化の自由を根こそぎ刈った。 これらの・・・ 宮本百合子 「事実にたって」
出典:青空文庫