・・・と、私は、「いえ、悪くさえいわねば好いから……調法なものだ位いに書いて下さい」と頼んだ。そんな風で、いわばこちらで書き上げた物にただ署名してもらう位いにしても快諾されたことがある。 私は夏目さんとは十年以上の交際を続けたが、余り頻繁に往・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・言葉というものは全く調法なものであるがまた一方から考えると実にたよりないものである。「人殺し」「心中」などでも同様である。 しかし、火山の爆発だけは、今にもう少し火山に関する研究が進んだら爆発の型と等級の分類ができて、きょうのはA型第三・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・忘れるとベルでも鳴ればもっと調法でしょう。目録のこと取計います。訳註の本のこともして置きます。この御注文は嬉しいと思います。 栗林さんの支払いは受取りがあって、こちらで少し余分に払ったものだから、お釣りを切手で寄越してくれました。 ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・もので、その意味では容易に産み出されるものでなく、誰も云うように『六つかしい』ものであるが、それは創造としての小説の話であって、小説には、他の芸術でも同様であるが、作者を離れても、手芸的に制作されうる調法な抜け道がある。その抜け道を誰も彼も・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
H町に近いのは、なかなか都合のよいこともある。仮令えば、何か急に客用のものを借りたい場合、病気で薬を頼みたい場合、決して調法でないことはない。が又、一方では、可成困ることがある。 自分達が、久しぶりの休日か何かで、悠く・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・若し床の間の置物のような物を美人としたら、るんは調法に出来た器具のような物であろう。体格が好く、押出しが立派で、それで目から鼻へ抜けるように賢く、いつでもぼんやりして手を明けていると云うことがない。顔も觀骨が稍出張っているのが疵であるが、眉・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
出典:青空文庫