・・・彼はそう云う煙管を日常口にし得る彼自身の勢力が、他の諸侯に比して、優越な所以を悦んだのである。つまり、彼は、加州百万石が金無垢の煙管になって、どこへでも、持って行けるのが、得意だった――と云っても差支えない。 そう云う次第だから、斉広は・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・ ――――――――――――――――――――――――― 細川家は、諸侯の中でも、すぐれて、武備に富んだ大名である。元姫君と云われた宗教の内室さえ、武芸の道には明かった。まして宗教の嗜みに、疎な所などのあるべき筈はな・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・と見ると鯱に似て、彼が城の天守に金銀を鎧った諸侯なるに対して、これは赤合羽を絡った下郎が、蒼黒い魚身を、血に底光りしつつ、ずしずしと揺られていた。 かばかりの大石投魚の、さて価値といえば、両を出ない。七八十銭に過ぎないことを、あとで聞い・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・利休は、ほとんど諸侯をしのぐ実力を持っていたし、また、当時のまあインテリ大名とでもいうべきものは、無学の太閤より風雅の利休を慕っていたのだ。だから太閤も、やきもきせざるを得なかったのだ。」 男ってへんなものだ、と私は黙って草をむしりなが・・・ 太宰治 「庭」
・・・この二人の話を聞いてからなるほどそんな事もあろうかと思って試みに当代ならびにその以前の廟堂諸侯の骨相を頭の中でレビューしながら「大臣顔」なるものの要素を分析しようと試みたのであった。 ついせんだってのあのベーブ・ルースの異常な人気でも、・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ これに反して上士は古より藩中無敵の好地位を占るが為に、漸次に惰弱に陥るは必然の勢、二、三十年以来、酒を飲み宴を開くの風を生じ(元来飲酒会宴の事は下士に多くして、上士は都て質朴、殊に徳川の末年、諸侯の妻子を放解して国邑に帰えすの令を出し・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・西洋諸国の上流社会にてこの種の女子を賤しむは勿論、我が日本国においても、仮に封建時代の諸侯を饗するに今日の如き芸妓の歌舞を以てせんとしたらば、必ず不都合を訴うることならん。されば、かの貴賓もその芸妓の何ものたるを知らざりしこそ幸いなれ、もし・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・臨むに諸侯の威をもってし招くに春岳の才をもってし、しこうして一曙覧をして破屋竹笋の間より起たしむるあたわざりしもの何がゆえぞ。謙遜か、傲慢か、はた彼の国体論は妄に仕うるを欲せざりしか。いずれにもせよ彼は依然として饅頭焼豆腐の境涯を離れざりし・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・第一の若僧 私なら一度ゆるした者を又諸侯にそそのかされて罪しようなどとは思わないだろうのに――。 そしてあべこべに都を走らなければならない様な事はすまいのに――重苦しい沈黙がしばらくつづく。老僧は時々白い寝床の裡をのぞき・・・ 宮本百合子 「胚胎(二幕四場)」
・・・ 二 竜池は家を継いでから酒店を閉じて、二三の諸侯の用達を専業とした。これは祖先以来の出入先で、本郷五丁目の加賀中将家、桜田堀通の上杉侍従家、桜田霞が関の松平少将家の三家がその主なるものであった。加賀の前田は金沢・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫