・・・新学期の講義の始まるのにも、もうあまり時間はない。そう思うと、いくら都踊りや保津川下りに未練があっても、便々と東山を眺めて、日を暮しているのは、気が咎める。本間さんはとうとう思い切って、雨が降るのに荷拵えが出来ると、俵屋の玄関から俥を駆って・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・博士に化けた Mephistopheles は或大学の講壇に批評学の講義をしていた。尤もこの批評学は Kant の Kritik や何かではない。只如何に小説や戯曲の批評をするかと言う学問である。「諸君、先週わたしの申し上げた所は御理解・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・そうして彼が教育家としてなしうる仕事は、リーダーの一から五までを一生繰返すか、あるいはその他の学科のどれもごく初歩のところを毎日毎日死ぬまで講義するだけの事である。もしそれ以外の事をなさむとすれば、彼はもう教育界にいることができないのである・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・これも私は丁度同時にバージーンの修辞学を或る外国人から授かって、始終講義を聞いていた故、確かにその一部をバージーンから得たらしき『小説神髄』を余りに驚かなかったが、シカシ例証として日本の作物を挙げて論じられた処は面白くも読みかつまたお庇で蒙・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
古来例のない、非常な、この出来事には、左の通りの短い行掛りがある。 ロシアの医科大学の女学生が、ある晩の事、何の学科やらの、高尚な講義を聞いて、下宿へ帰って見ると、卓の上にこんな手紙があった。宛名も何も書いてない。「あなたの御関係・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ やがて、講義が終わると、先生は、眼鏡ごしに、小田を見ていられたが、「時に小田くん、君はたしか三男であったな。」と、きかれた。「はい、そうです。」「べつに、農を助ける人でないようだな。それなら、東京へ出て働いてみないか。いや・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・ 学生時代に、その講義を聴いた小泉八雲氏は、稀代な名文家として知られていますが、たとえば、夏の夜の描写になると、殆んど、熱した空気が、肌に触れるようにまた、氏の好めるやさしい女性が、さゝやく時には、その息が、自分の顔にまで、かゝるように・・・ 小川未明 「読むうちに思ったこと」
・・・ライオンハミガキの広告灯が赤になり青になり黄に変って点滅するあの南の夜空は、私の胸を悩ましく揺ぶり、私はえらくなって文子と結婚しなければならぬと、中等商業の講義録をひもとくのだったが、私の想いはすぐ講義録を遠くはなれて、どこかで聞えている大・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・そこでの講義は高遠であり、私のような学識のない者は到底その講義を理解することが出来ぬだろうと真面目に信じていたのである。それ故私は卒業の日が近づいて来ると、にわかに不安になり、大学へはいるのはもう一年延ばした方がいいのではなかろうか、もう一・・・ 織田作之助 「髪」
・・・候も無理ならぬ事にござ候 先日貞夫少々風邪の気ありし時、母上目を丸くし『小児が六歳までの間に死にます数は実におびただしいものでワッペウ氏の表には平均百人の中十五人三分と記してござります』と講義録の口調そっくりで申され候間、小生も・・・ 国木田独歩 「初孫」
出典:青空文庫