・・・ 自動車の警笛に、繰返して、「馬車が、真正面に、この桟道一杯になって大く目に入ったと思召せ。村長の爺様が、突然七八歳の小児のような奇声を上げて、(やあれ、見やれ、鼠が車を曳――とんとお話さ、話のようでございましてな。」「やあ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・それを考うる時、四六時中警笛におびやかされ、塵埃を呼吸しつゝある彼等に対して、涙なきを得ないのである。 彼等にせめて、一日のうち、もしくは、一週間のうち幾何かの間を、全く、交通危険に晒らされることから解放して、自由に跳躍し遊戯せしむるこ・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・ちょうどそのとき一台の自動車が来かかってブーブーと警笛を鳴らした。吉田は早くからそれに気がついていて、早くこの女もこの話を切り上げたらいいことにと思って道傍へ寄りかけたのであるが、女は自動車の警笛などは全然注意には入らぬらしく、かえって自分・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ 自動車は警笛をならした。そこは道が狭まかったのだ。おかみさんはチョッとこっちを振りかえったが、勿論あれ程見知っている俺が、こんな自動車に乗っていようなぞという事には気付く筈もなく――過ぎてしまった。俺は首を窮屈にまげて、しばらくの間う・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 非常警笛が空気を劈いてけたたましく鳴った。 田山花袋 「少女病」
・・・丁度安全地帯の脇の狭い処で、車をかわす余地がない。警笛を鳴らしても爺さんは知らぬ顔で一向によける意志はないようである。安全地帯に立って見ていた二、三人連れの大学生の一人が運転手の方を覗き込んで、大声で、「ソートーなもんじゃー」と云った。傍観・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・自分などは、往来でけたたましい自動車の警笛を聞いても存外それが右だか左だかということさえわからないことがあるのに、あの小さな蚊は即座に音源の所在を精確に探知し、そうして即座に方向舵をあやつってねらいたがわずまっしぐらにそのほうへ飛来するので・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ ――タワーリシチ! クフミンストル倶楽部ってどこだか知りませんか? ――そこの空地を突切ってずっと行って三つめの横丁を左に入ると橋がある、その先だ。―― ――畜生! 警笛を鳴らさずかたっぽのヘッド・ライトをぼんやりつけたト・・・ 宮本百合子 「三月八日は女の日だ」
・・・ 都会の雑音は愈々膨れ拡った、荒々しい獣のように、私の目先を掠めて左右に黄色い電車や警笛をならす自動車が入り乱れて馳せ違う。ぱっと、一時に向う角の裁縫店の大飾窓に灯がついた。前に溜っていた群集は、俄に、見わけのつかない黒影のかたまりにと・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・それ故、貨物自動車が尨大な角ばった体じゅうを震動させながら、ゴウ、ゴウと癇癪を起し焦立つように警笛を鳴し立てても、他の時ほど憎らしくはない。自動車も家に帰りたい! このように、散歩で私はいろいろ楽しんだが、一つ困ることがあった。 そ・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
出典:青空文庫