・・・この一句には坂田でなければ言えないという個性的な影像があり、そして坂田という人の一生を宿命的に象徴しているともいえよう。苦労を掛けた糟糠の妻は「阿呆な将棋をさしなはんなや」という言葉を遺言にして死に、娘は男を作って駈落ちし、そして、一生一代・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・武田さん自身言っていたように「リアリズムの果ての象徴の門に辿りついた」のが、これらの一見私小説風の淡い味の短篇ではなかったか。淡い味にひめた象徴の世界を覗っていたのであろう。泉鏡花の作品のようにお化けが出ていたりしていた。もっとも鏡花のお化・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・人びとのなかでは聞こえなくなり、夜更けの道で鳴り出すそれは、彼の心の象徴のように思えた。 ここでも町は、窓辺から見る風景のように、歩いている彼に展けてゆくのであった。 生まれてからまだ一度も踏まなかった道。そして同時に、実に親しい思・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・私は日の当った風景の象徴する幸福な感情を否定するのではない。その幸福は今や私を傷つける。私はそれを憎むのである。 溪の向こう側には杉林が山腹を蔽っている。私は太陽光線の偽瞞をいつもその杉林で感じた。昼間日が当っているときそれはただ雑然と・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
・・・私の夜空を眺めるとき、あの空に散りばめた星と星との背後に透視画的の運命のつながりがあり、それが私たち地上の別れた哀れな人間たちの運命の絆を象徴しているのではあるまいかというようなことも思い浮かべられるのである。別るるや夢一とすぢの天・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・君の作品は、十九世紀の完成を小さく模倣しているだけだ、といってしまうと、実も蓋も無くなりますが、君の作品のお手本が、十九世紀のロシヤの作家あるいはフランスの象徴派の詩人の作品の中に、たやすく発見出来るので、窮極に於いて、たより無い気がするの・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・ 象徴で行け。象徴で。 そうなったら面白い。「日本主義とはなんでありますか?」「柿です。」この柿には意味がない。「柿ですか。それは、おどろいた。せめて、窓ぐらいにしてもらいたい。」 まさか、こんなばかげた問答は起るま・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・は六拍子であって、その伴奏のあの特徴ある六連音の波のうねりが糸車の回転を象徴しているようである。これだけから見ても西洋の糸車と日本の糸車とが全くちがった詩の世界に属するものだということがわかると思う。 この糸車の追憶につながっている子供・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・しかし彼のこれらの試みはまた一派の人からは形式主義象徴主義に堕したものとして非難もされている。しかしこういう議論は映画理論家にとって、また特にソビエトの国是の上から重要かもしれないが、一般映画観賞者の立場からは、たいした意義をもたない事であ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・哥沢節を産んだ江戸衰亡期の唯美主義は私をして二十世紀の象徴主義を味わしむるに余りある芸術的素質をつくってくれたのである。 * 夕暮よりも薄暗い入梅の午後牛天神の森蔭に紫陽花の咲出る頃、または旅烏の啼き騒ぐ秋の夕・・・ 永井荷風 「伝通院」
出典:青空文庫