・・・おとなしい美津に負け嫌いの松の悪口を聞かせるのが、彼には何となく愉快なような心もちも働いていたのだった。 店の電話に向って見ると、さきは一しょに中学を出た、田村と云う薬屋の息子だった。「今日ね。一しょに明治座を覗かないか? 井上だよ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・世間並のお世辞上手な利口者なら町内の交際ぐらいは格別辛くも思わないはずだが、毎年の元旦に町名主の玄関で叩頭をして御慶を陳べるのを何よりも辛がっていた、負け嫌いの意地ッ張がこんな処に現われるので、心からの頭の低い如才ない人では決してなかった。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・が、同時に頗る負け嫌いであった。遠慮のない親友同士の間では人が右といえば必ず左というのが常癖で、結局同じ結論に達した場合「むむ、そうか、それなら同説だ、」といったもんだ。初めから同じ結論に達するのが解っていても故意に反対に立つ事が決して珍ら・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・清少納言はこの時期にも宮仕えしていたのであったが、彼女の負け嫌いな気質と結びついて現れている当時の常識の姿として、枕草子の中にはこの気立のすぐれたおおらかな中宮のあわれに、優婉な宮廷生活は描き出されていないで、この人の華やかであった時の物語・・・ 宮本百合子 「山の彼方は」
出典:青空文庫