・・・「私が見て貰いたいのは、――」 亜米利加人は煙草を啣えたなり、狡猾そうな微笑を浮べました。「一体日米戦争はいつあるかということなんだ。それさえちゃんとわかっていれば、我々商人は忽ちの内に、大金儲けが出来るからね」「じゃ明日い・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・物慣れた甚太夫は破れ扇に鳥目を貰いながら、根気よく盛り場を窺いまわって、さらに倦む気色も示さなかった。が、年若な求馬の心は、編笠に憔れた顔を隠して、秋晴れの日本橋を渡る時でも、結局彼等の敵打は徒労に終ってしまいそうな寂しさに沈み勝ちであった・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・葬式の時は女中をお前たちにつけて楽しく一日を過ごさして貰いたい。そうお前たちの母上は書いている。「子を思う親の心は日の光世より世を照る大きさに似て」 とも詠じている。 母上が亡くなった時、お前たちは丁度信州の山の上にいた。若しお・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・ 懐しくも床さに、お縫は死骸の身に絡った殊にそれが肺結核の患者であったのを、心得ある看護婦でありながら、記念にと謂って強いて貰い受けて来て葛籠の底深く秘め置いたが、菊枝がかねて橘之助贔屓で、番附に記した名ばかり見ても顔色を変える騒を知っ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 氏子は呆れもしない顔して、これは買いもせず、貰いもしないで、隣の木の実に小遣を出して、枝を蔓を提げるのを、じろじろと流眄して、世に伯楽なし矣、とソレ青天井を向いて、えへらえへらと嘲笑う…… その笑が、日南に居て、蜘蛛の巣の影になる・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・貴様は今からそんなざまじゃア、大砲の音を聴いて直ぐくたばッてしまうやろ云われた時、赤うなって腹を立て、そないに弱いものなら、初めから出征は望みません、これでも武士の片端やさかい、その場にのぞんで見て貰いましょ。――それからと云うものずうッと・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 女房は是非縛って貰いたいと云って、相手を殺したという場所を精しく話した。 それから人を遣って調べさせて見ると相手の女学生はおおよそ一時間程前に、頸の銃創から出血して死んだものらしかった。それから二本の白樺の木の下の、寂しい所に、物・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 女が来ると、「もう直き、汽車が来るよって、いまのうち挨拶させて貰い」「はい」 女はいきなりショールをとって、長ったらしい挨拶を私にした。終ると、男も同じように、糞丁寧な挨拶をした。 私はなにか夫婦の営みの根強さというも・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 彼は帳場に上り込んで「実は妻が田舎に病人が出来て帰ってるもんだから、二三日置いて貰いたい」と頼んだ。が、主人は、彼等の様子の尋常で無さそうなのを看て取って、暑中休暇で室も明いてるだろうのに、空間が無いと云ってきっぱりと断った。併しもう・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・それで今度はお前から注文しなさいと言えば、西瓜の奈良漬だとか、酢ぐきだとか、不消化なものばかり好んで、六ヶしうお粥をたべさせて貰いましたが、遂に自分から「これは無理ですね、噛むのが辛度いのですから、もう流動物ばかりにして下さい」と言いますの・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫