・・・穿いて厚い外套を着て平気で通勤していたが、最初の日曜日は空青々と晴れ、日が煌々と輝やいて、そよ吹く風もなく、小春日和が又立返ったようなので、真蔵とお清は留守居番、老母と細君は礼ちゃんとお徳を連て下町に買物に出掛けた。 郊外から下町へ出る・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・ふと、ある店頭のところで、買物している丸髷姿の婦人を見掛けた。 大塚さんは心に叫ぼうとしたほど、その婦人を見て驚いた。三年ほど前に別れた彼の妻だ。 避ける間隙も無かった。彼女は以前の夫の方を振向いた。大塚さんはハッと思って、見た・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ お三輪は子守娘をつれて町へでも買物に行く度に、秩父の山々を望んで来た。山を見ると、彼女は東京の方の空を恋しく思った。 新七から来た手紙には浦和まで母を迎えに行くとあって、ともかくもお三輪は伜の来るのを待つことにしていた。彼・・・ 島崎藤村 「食堂」
・・・そこは人通りの多い町中で、買い物にも都合がいい。末子は家へのみやげにと言って、町で求めた菓子パンなどを風呂敷包みにしながら、自動車の中に私たちを待っていた。「末ちゃん、今度はお前の番だよ。」 そう言って、私は家路に近い町のほうへとま・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・二人はまず店に買い物に行って、そこでむすめは何か飲むつもりでしたが、店はみんなしまっていました。「ママのどがかわきますよ」 二人は郵便局に行きました。そこもしまっています。「ママお腹がすきました」 おかあさんはだまったままで・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・帰途、買い物にでもまわったのであろうと思って、僕はその不用心にもあけ放されてあった玄関からのこのこ家へはいりこんでしまった。ここで待ち伏せていてやろうと考えたのである。ふだんならば僕も、こんな乱暴な料簡は起さないのであるが、どうやら懐中の五・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・のに、れいの持ち前の歓待癖を出して、うちはすぐそこですから、まあ、どうぞ、いいじゃありませんか、など引きとめたくも無いのに、お客をおそれてかえって逆上して必死で引きとめた様子で、笹島先生は、二重廻しに買物籠、というへんな恰好で、この家へやっ・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・この家の前を、よく通るんですがね、マーケットに買い物に行く時は、かならず、ここの路をとおるんですよ。いや、僕もこんどの戦争では、ひどいめに遭いましてね、結婚してすぐ召集されて、やっと帰ってみると家は綺麗に焼かれて、女房は留守中に生れた男の子・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・そこで芝居へ稽古に行く。買物に出る。デルビイの店へも、人に怪まれない位に、ちょいちょい顔を出して、ポルジイの留守を物足らなく思うと云う話をも聞く。ついでに賭にも勝って、金を儲ける。何につけても運の好い女である。 舞台が済んで帰る時には、・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ちょっとした買い物でもしたり、一杯の熱いコーヒーでも飲めば、一時だけでもそれが満たされたような気がする。しかしそんなことでなかなか満たされるはずの空虚ではないので、帰るが早いか、またすぐに光の町が恋しくなるであろう。いったいに心のさびしい暗・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
出典:青空文庫