・・・「この辺は私もじつはあまり案内者の資格がないようです」桂三郎はそんなことを言いながら、渚の方へ歩いていった。 美しい砂浜には、玉のような石が敷かれてあった。水がびちょびちょと、それらの小石や砂を洗っていた。青い羅衣をきたような淡路島・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ビイル一杯が長くて十五分間、その店のお客たる資格を作るものとすれば、一時間に対して飲めない口にもなお四杯の満を引かねばならない。然らずば何となく気が急いて、出て行けがしにされるような僻みが起って、どうしても長く腰を落ち付けている事が出来ない・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・じないで、徒らに表彰の儀式を祭典の如く見せしむるため被賞者に絶対の優越権を与えるかの如き挙に出でたのは、思慮の周密と弁別の細緻を標榜する学者の所置としては、余の提供にかかる不公平の非難を甘んじて受ける資格があると思う。 学士会院が栄誉あ・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・そこでニイチェを理解するためには、読者に二つの両立した資格が要求される。「詩人」であつて、同時に「哲学者」であることである。純粋の理論家には、もちろんニイチェは解らない。だが日本で普通に言はれてるやうな範疇の詩人にも、また勿論ニイチェは理解・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・されば位階勲章は、官吏が政府の職を勤むるの労に酬いるに非ずして、ただ普通なる日本人の資格をもって、政府の官職をも勤むるほどの才徳を備え、日本国人の中にて抜群の人物なりとて、その人物を表するの意ならん。官吏の内にても、一等官の如きはもっとも易・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・それは甘味があってしかも生で食う所がくだものの資格を具えておる。○くだものと気候 気候によりてくだものの種類または発達を異にするのはいうまでもない。日本の本州ばかりでいっても、南方の熱い処には蜜柑やザボンがよく出来て、北方の寒い国では林・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・一九四一年十一月より五ヵ月ばかり、連合軍側の戦時特派員という資格で、アフリカ、近東、ソヴェト同盟、インド、中国を訪問し、ファシズム、ナチズムに対して民主主義をまもろうとする国々のたたかいの姿を報道した。「ポーランドに生れ、フランスに眠るわが・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・ 文吉は酒井家の目附役所に呼び出されて、元表小使、山本九郎右衛門家来と云う資格で、「格段骨折奇特に附、小役人格に被召抱、御宛行金四両二人扶持被下置」と達せられた。それから苗字を深中と名告って、酒井家の下邸巣鴨の山番を勤めた。 この敵・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・しかし、すでに、それだけでも栖方の発想には天才の資格があった。二十一歳の青年で、零の置きどころに意識をさし入れたということは、あらゆる既成の観念に疑問を抱いた証拠であった。おそらく、彼を認めるものはいなかろうと梶は思った。「通ることがあ・・・ 横光利一 「微笑」
・・・松の幹が大きくうねって整列していないということは街路樹たる資格を毫も遮げるものではない。もし街路樹の必要を感ずるならば、すでにかくのごとき壮大な街路樹の存することを認識し、またそれを尊重しなくてはならない。そうすれば電線の下にすくんでいる矮・・・ 和辻哲郎 「城」
出典:青空文庫