・・・それだのに私みたようなものを、ことさらによそから連れて来て、講演を聴こうとなされるのは、ちょうど先刻お話したお大名が目黒の秋刀魚を賞翫したようなもので、つまりは珍らしいから、一口食ってみようという料簡じゃないかと推察されるのです。実際をいう・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・桑の実の味はあまり世人に賞翫されぬのであるが、その旨さ加減は他に較べる者もないほどよい味である。余はそれを食い出してから一瞬時も手を措かぬので、桑の老木が見える処へは横路でも何でもかまわず這入って行って貪られるだけ貪った。何升食ったか自分に・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・ベースボールはもと亜米利加合衆国の国技とも称すべきものにしてその遊技の国民一般に賞翫せらるるはあたかも我邦の相撲、西班牙の闘牛などにも類せりとか聞きぬ。(米人のわれに負けたるをくやしがりて幾度も仕合を挑むはほとんど国辱この技の我邦に伝わりし・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・を今日の日本の一般的な日常生活の姿として云い得るであろうか。鉄飢饉の記事は新聞に目立っているのであるが、その飢饉によって巨利を占める人々が、茶席に坐って、鉄を生まぬ日本の風土が発生させた「さび」を賞玩するのを、愛する日本の伝統は、今日の風雅・・・ 宮本百合子 「文学上の復古的提唱に対して」
出典:青空文庫