・・・しかしこのけなげな犬はどこかへ姿を隠したため、夫人は五千弗の賞金を懸け、犬の行方を求めている。 国民新聞。日本アルプス横断中、一時行方不明になった第一高等学校の生徒三名は七日上高地の温泉へ着した。一行は穂高山と槍ヶ岳との間に途を失い、か・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・何事かと思って出てみると、国際電報によって昨年度と今年度のノーベル賞金の受賞者の名前の報知が届いた、その一人はアインシュタインで、もう一人はコーペンハーゲンのニールス・ボーアという人だそうだが、このボーアという人はいったいどんな人でどういう・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・木村氏が五百円の賞金と直径三寸大の賞牌に相当するのに、他の学者はただの一銭の賞金にも直径一分の賞牌にも値せぬように俗衆に思わせるのは、木村氏の功績を表するがために、他の学者に屈辱を与えたと同じ事に帰着する。――明治四四、七、一四『東京朝・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・そして、心の中で、貰う賞金をいろんな子供や大人や友人たちのためによろこびとなるような使いかたを考えるだろう。 壺井さんのそういう人柄は『暦』一巻のあらゆる作品の中に溢れていて、どんな読者もその人柄に感じる平明な温い積極な親しさについては・・・ 宮本百合子 「『暦』とその作者」
・・・昔ドイツのカイゼルが三つのKと云った言葉はヒットラーの代になって子持の母への賞金とか独身税とかになって現れている。日本では良妻賢母という言葉によっては既に新しい刺戟を与えられないが、服飾や愛の技巧の研究に女が公然と物を云うようになると同時に・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・一、賞金一、二三等とわけて与えられるということについて心ある方には皆御意見があると思います。文学作品でないこの種のものに――筆者たちの苦痛とたたかいの生活感情に、一等二等はあるまいと思います。 そういう条件をつけて募集されたのですか・・・ 宮本百合子 「「未亡人の手記」選後評」
・・・それは、負けても賞金の貰える勝負に限って、すがめの男が幾度となく相手関わず飛び出して忽ち誰にも棹のように倒されながら、なお真面目にまたすがめをしながら土俵を下って来る処であった。彼は安次だ。安次は両親と僅に残された家産を失くすると、間もなく・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫