・・・ 人の身の丈よりも高い高粱は、無二無三に駈けてゆく馬に踏みしだかれて、波のように起伏する。それが右からも左からも、あるいは彼の辮髪を掃ったり、あるいは彼の軍服を叩いたり、あるいはまた彼の頸から流れている、どす黒い血を拭ったりした。が、彼・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ この森の中を行くような道は、起伏凹凸が少く、坦だった。がしかし、自動車の波動の自然に起るのが、波に揺らるるようで便りない。埃も起たず、雨のあとの樹立の下は、もちろん濡色が遥に通っていた。だから、偶に行逢う人も、その村の家も、ただ漂々蕩・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 自分は友人と肩を並べて、起伏した丘や、その間に頭を出している赤い屋根や、眼に立ってもくもくして来た緑の群落のパノラマに向き合っていた。「ここからあっちへ廻ってこの方向だ」と自分はEの停留所の方を指して言った。「じゃあの崖を登っ・・・ 梶井基次郎 「路上」
・・・しかし大洋のうねりのように高低起伏している。それも外見には一面の平原のようで、むしろ高台のところどころが低く窪んで小さな浅い谷をなしているといったほうが適当であろう。この谷の底はたいがい水田である。畑はおもに高台にある、高台は林と畑とでさま・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・丘は起伏して、ずっと彼方の山にまで連なっていた。丘には処々草叢があり、灌木の群があり、小石を一箇所へ寄せ集めた堆があった。それらは、今、雪に蔽われて、一面に白く見境いがつかなくなっていた。 なんでも兎は、草叢があったあたりからちょか/\・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・朝眼をさますと、皆の寝ている起伏の上に雪が一杯ふりかゝっているので吃驚するが、それは雪が吹きこんできたのではなくて、夜中に空気中に残っているありとあらゆる湿気がみんな霜に還元されるのである。なかのものは次々と凍傷を起して行った。 お前の・・・ 小林多喜二 「母たち」
右手に十勝岳が安すッぽいペンキ画の富士山のように、青空にクッキリ見えた。そこは高地だったので、反対の左手一帯はちょうど大きな風呂敷を皺にして広げたように、その起伏がズウと遠くまで見られた。その一つの皺の底を線が縫って、こっ・・・ 小林多喜二 「人を殺す犬」
・・・二人は高い崖の下道に添うて、耕地のある岡の上へ出た。起伏する地の波はその辺で赤土まじりの崖に成って、更に河原続きの谷底の方へ落ちている。崖の中腹には、小使の音吉が弟を連れて来て、道をつくるやら石塊を片附けるやらしていた。音吉は根が百姓で、小・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
一 本州の北端の山脈は、ぼんじゅ山脈というのである。せいぜい三四百米ほどの丘陵が起伏しているのであるから、ふつうの地図には載っていない。むかし、このへん一帯はひろびろした海であったそうで、義経が家来たちを連・・・ 太宰治 「魚服記」
・・・もはや日没ちかく、残光を浴びて山の峯々が幽かに明るく、線の起伏も、こだわらずゆったり流れて、人生的にやさしく、富士山の、人も無げなる秀抜と較べて、相まさること数倍である、と笠井さんは考えた。二千八百九十九米。笠井さんはこのごろ、山の高さや、・・・ 太宰治 「八十八夜」
出典:青空文庫