・・・「けれどもここに起立していてはわたくしの部下に顔も合わされません。進級の遅れるのも覚悟しております。」「進級の遅れるのは一大事だ。それよりそこに起立していろ。」 甲板士官はこう言った後、気軽にまた甲板を歩きはじめた。K中尉も理智・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・一同起立した。なぜ起立したのだか、フレンチには分からない。一体立たなくてはならなかったのか知らん。それともじっとして据わっていた方が好かったのか知らん。 一秒時の間、扉の開かれた跡の、四角な戸口が、半明半暗の廊下を向うに見せて、空虚でい・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・彼らは自分を見るや一同起立して敬礼を行なう、その態度の厳粛なるは、まだ十二分に酔っていないらしい。中央に構えていた一人の水兵、これは酒癖のあまりよくないながら仕事はよくやるので士官の受けのよい奴、それが今おもしろい事を始めたところですと言う・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・と号令をすると生徒一同起立して恭しくお辞儀をする。そんな事からが妙に厭であった。そして自分にも碌に分らないような事をいい加減に教えていると、次第々々に自分が墮落して行くような気がすると云っていたが、一年ばかりでとうとう止してしまった。そうし・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・ 小学の科を五等に分ち、吟味を経て等に登り、五等の科を終る者は中学校に入るの法なれども、学校の起立いまだ久しからざれば、中学に入る者も多からず。ただし俊秀の子女は、いまだ五科を経ざるも中学に入れ、官費をもって教うるを法とす。目今この類の・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・「工場学校では、若い生徒の体が健康に成長するように、三十分起立して作業すると、十五分は腰かけて仕事をする規則なのです」ソヴェトの世の中になってこそ、ほんとに若い男女の勤労者の幸福はくるのだ。つよくそう思わずにいられなかった。私はドイツで・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・でっぷり太った角がりでチョビ髭を生やした河野が詰襟服姿で起立し、要求書の両端を押えて山下局長へ向ってひろげている場面である。重い空気がマグネシュームをたいてとられた写真の面に感じられるが、その雰囲気は率直に殺気立つものとは違った、寧ろ大変大・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
出典:青空文庫