・・・小えんは若槻に三年この方、随分尽して貰っている。若槻は小えんの母親ばかりか、妹の面倒も見てやっていた。そのまた小えん自身にも、読み書きといわず芸事といわず、何でも好きな事を仕込ませていた。小えんは踊りも名を取っている。長唄も柳橋では指折りだ・・・ 芥川竜之介 「一夕話」
・・・そのまん中には女が一人、――日本ではまだ見た事のない、堂々とした体格の女が一人、大きな桶を伏せた上に、踊り狂っているのを見た。桶の後ろには小山のように、これもまた逞しい男が一人、根こぎにしたらしい榊の枝に、玉だの鏡だのが下ったのを、悠然と押・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ただし野良調子を張上げて田園がったり、お座敷へ出て失礼な裸踊りをするようなのは調子に合っても話が違う。ですから僕は水には音あり、樹には声ある文章を書きたいとかせいでいる。 話は少しく岐路に入った、今再び立戻って笑わるべき僕が迷信の一例を・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ ト、町へたらたら下りの坂道を、つかつかと……わずかに白い門燈を離れたと思うと、どう並んだか、三人の右の片手三本が、ひょいと空へ、揃って、踊り構えの、さす手に上った。同時である。おなじように腰を捻った。下駄が浮くと、引く手が合って、おな・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・佐介も一夜省作の家を訪うて、そのいさくさなしの気質を丸出しにして、省作の兄と二人で二升の酒を尽くし、おはまを相手に踊りまでおどった。兄は佐介の元気を愛して大いに話し口が合う。「あなたのおとッつさんが、いくらやかましくいっても、二人を分け・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「ほんとうは、三味線はきらい、踊りが好きだったの」「じゃア、踊って見るがいい」とは言ったものの、ふと顔を見合わせたら、抱きついてやりたいような気がしたのを、しつッこいと思わせないため、まぎらしに仰向けに倒れ、両手をうしろに組んだまま・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・夫故、国会開設が約束せられて政治休息期に入っていた当時、文学に対する世間の興味は俄に沸湧して、矢野とか末広とか柴とかいう政治界の名士が続々文学に投じて来たが、丁度仮装会の興に浮れて躍り狂っていたようなもので、文人其者の社会的価値を認めたから・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ とは思うものの、二葉亭は舞台の役を振られて果して躍り出すだろう乎。空想はかなり大きく、談論は極めて鋭どかったが、率ざ問題にブツかろうとするとカラキシ舞台度胸がなくて、存外※咀思想がイツマデも抜け切らないで、二葉亭の行くべき新らしい世界・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・箱車の中にはいっている天使は、やはり、暗がりにいて、ただ車が石の上をガタガタと躍りながら、なんでものどかな、田舎道を、引かれてゆく音しか聞くことができませんでした。 箱車を引いてゆく男は、途中で、だれかと道づれになったようです。「い・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・子供は、喜んで躍りあがりました。「なんという、赤い、明るい光だろう。春になったのだ!」と叫びました。子供は、すぐにも、その赤い光を慕っていこうとしました。 すると、母親は、あわててそれを止めました。「おまえ、あれは、月の光でも、・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
出典:青空文庫