・・・三重子はさんざんにふざけた揚句、フット・ボオルと称しながら、枕を天井へ蹴上げたりした。…… 腕時計は二時十五分である。中村はため息を洩らしながら、爬虫類の標本室へ引返した。が、三重子はどこにも見えない。彼は何か気軽になり、目の前の大蜥蜴・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・ようやくとまったバスの横腹を力まかせに蹴上げた。Kはバスの下で、雨にたたかれた桔梗の花のように美しく伏していた。この女は、不仕合せな人だ。「誰もさわるな!」 私は、気を失っているKを抱きあげ、声を放って泣いた。 ちかくの病院まで・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・三木は、尻餅つきながらも、力一ぱい助七の下腹部を蹴上げた。「うっ。」助七は、下腹をおさえた。 三木はよろよろ立ちあがって、こんどは真正面から、助七の眉間をめがけ、ずどんと自分の頭をぶっつけてやった。大勢は、決した。助七は雪の上に、ほ・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・私は左の足でそれを蹴上げた。足の甲からはさッと鮮血が迸った。 ――占めた!―― 私は鮮血の滴る足を、食事窓から報知木の代りに突き出した。そしてそれを振った。これも効力がなかった。血は冷たい叩きの上へ振り落とされた。 私は誰も来な・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
出典:青空文庫