・・・陸軍大将の川島は回向院の濡れ仏の石壇の前に佇みながら、味かたの軍隊を検閲した。もっとも軍隊とは云うものの、味かたは保吉とも四人しかいない。それも金釦の制服を着た保吉一人を例外に、あとはことごとく紺飛白や目くら縞の筒袖を着ているのである。・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・日本の歩兵は突貫で勝つ、しかし軍隊の突貫は最後の一機にだけやる。朝から晩まで突貫する小樽人ほど恐るべきものはない。 小樽の活動を数字的に説明して他と比較することはなかなか面倒である。かつ今予はそんな必要を感じないのだから、手取早くただ男・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・その頃はモウかなり戦術が開けて来たのだが、大将株が各自に自由行動を取っていて軍隊なぞは有るのか無いのか解らない。これに対抗する里見勢もまた相当の数だろうが、ドダイ安房から墨田河原近くの戦線までかなりな道程をいつドウいう風に引牽して来たのやら・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・国の実力は軍隊ではありません、軍艦ではありません。はたまた金ではありません、銀ではありません、信仰であります。このことにかんしましてはマハン大佐もいまだ真理を語りません、アダム・スミス、J・S・ミルもいまだ真理を語りません。このことにかんし・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・見ると、一列の軍隊でありました。そして馬に乗ってそれを指揮するのは、かの青年でありました。その軍隊はきわめて静粛で声ひとつたてません。やがて老人の前を通るときに、青年は黙礼をして、ばらの花をかいだのでありました。 老人は、なにかものをい・・・ 小川未明 「野ばら」
昨日 当時の言い方に従えば、○○県の○○海岸にある第○○高射砲隊のイ隊長は、連日酒をくらって、部下を相手にくだを巻き、○○名の部下は一人残らず軍隊ぎらいになってしまった。 彼は蓄音機という綽名を持ち、一年三百六十五日、一日も・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・ ところが日清戦争、連戦連勝、軍隊万歳、軍人でなければ夜も日も明けぬお目出度いこととなって、そして自分の母と妹とが堕落した。 母と妹とは自分達夫婦と同棲するのが窮屈で、赤坂区新町に下宿屋を開業。それも表向ではなく、例の素人下宿。いや・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・戦争とは何等関係のない、平時には、軍紀の厳重な軍隊では許されない面白おかしい悪戯や、出たらめや、はめをはずした動作が、やってみたくてたまらなくなるのだった。 黄色い鈍い太陽は、遠い空からさしていた。 屋根の上に、敵兵の接近に対する見・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 翌日未明に、軍隊は北進命令を受けた。 二十六時間の激戦や進軍の後、和田達は、チチハルにまで進んだ。煮え湯をあびせられた蟻のように支那兵は到るところに群をなして倒れていた。大砲や銃は遺棄され、脚を撃たれた馬はわめいていた。和田はその・・・ 黒島伝治 「チチハルまで」
・・・怪しむ勿き也。軍隊の組織は悪人をして其凶暴を逞しくせしむること、他の社会よりも容易にして正義の人物をして痴漢と同様ならしむるの害や、亦他の社会に比して更に大也、何となれば陸軍部内は××の世界なれば也。威権の世界なれば也、階級の世界なれば也。・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
出典:青空文庫