・・・そして、はだしで砂の上に、軽やかに踊っている姿は、ちょうど、花弁の風に舞うようであり、また、こちょうの野に飛んでいる姿のようでありました。娘は、人恥ずかしそうに低い声でうたっていました。その唄は、なんという唄であるか、あまり声が低いので聞き・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・ 私はもう往来を軽やかな昂奮に弾んで、一種誇りかな気持さえ感じながら、美的装束をして街を歩した詩人のことなど思い浮かべては歩いていた。汚れた手拭の上へ載せてみたりマントの上へあてがってみたりして色の反映を量ったり、またこんなことを思った・・・ 梶井基次郎 「檸檬」
流鶯啼破す一簾の春。書斎に籠っていても春は分明に人の心の扉を排いて入込むほどになった。 郵便脚夫にも燕や蝶に春の来ると同じく春は来たのであろう。郵便という声も陽気に軽やかに、幾個かの郵便物を投込んで、そしてひらりと燕が・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・いかにも軽やかに、明るい。大分臼杵という町は、昔大友宗麟の城下で、切支丹渡来時代、セミナリオなどあったという古い処だが、そこに、野上彌生子さんの生家が在る。臼杵川の中州に、別荘があって、今度御好意でそこに御厄介になったが、その別荘が茶室ごの・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・ 田舎素封家の漫画的鈍重さ、若い軽やかな妻の無内容な怠惰さ、そして職業婦人が或る皮肉をもって裸一貫であることを作者は諷刺しようとしたのかも知れないということは分るけれども、例えば職業婦人がその性格を発揮するのは職場での仕事においてである・・・ 宮本百合子 「帝展を観ての感想」
・・・雨につれて、気温も下り、四辺の空気も大分すがすがしく軽やかになったらしく感じる。――一人でその雨に聴き入っているのが惜しく、下に眠っているYにも教えたいと思った位。 大体、私共は旅行に出てから十日余、天気の点では幸運であった。京都にいた・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・ 平凡な田舎の景色と、横の空いた座席に投げ出されているアルマの箱と、尾世川自身の声の中に何かつつましき祝祭が燦いてい、藍子も軽やかな心持であった。 葦が青々茂っている。その川の上に鉄橋が見える。列車が轟然とその鉄橋をくぐりぬけた。・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・天気の好い冬の日など霞んだように遠方まで左右から枝をさし交している並木の下に、赤い小旗などごちゃごちゃ賑やかな店つき、さてはその表の硝子戸に貸家札を貼られた洋館などを見渡すと、どうやら都離れて気が軽やかになり、本当の別荘地へでも来たような気・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・それらの少女達はジャケツにお下げぐらいの簡単な服装をして居りますから体のこなしが如何にも自由自在で、軽やかです。そして心からニコニコしているらしく、頬にも瞳にも愛嬌がこぼれております。 この少女達は家庭に居っても割合に我儘に育って居・・・ 宮本百合子 「わたくしの大好きなアメリカの少女」
出典:青空文庫