・・・国の安全を保ち、他の軽侮を防ぐためには、欠くべからざるものなり。 およそ世の中に仕事の種類多しといえども、国の政事を取扱うほど難きものはなし。骨折る者はその報を取るべき天の道なれば、仕事の難きほど報も大なるはずなり。ゆえに政府の下にいて・・・ 福沢諭吉 「中津留別の書」
・・・遂に西洋人に仮すに我を軽侮するの資を以てして、彼らをして我に対して同等の観をなさしめざるに至りしは、千歳の遺憾、無窮に忘るべからざる所のものなり。 然り而して日本国中その責に任ずる者は誰ぞや、内行を慎まざる軽薄男子あるのみ。この一点より・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・女子供という表現は、人格以前としての軽侮を示すとともに、男の被保護的な存在と見られていたのであった。様々の面で復古趣味が見られるが、武人とその妻との関係も、今日では女の虚栄心が良人の行為の教唆者或は責任者として押し出されているというまことに・・・ 宮本百合子 「暮の街」
・・・ 自動車の厚い窓硝子の中から、ちらりと投げた視線に私の後姿を認めた富豪の愛らしい令嬢たちは、きっと、その刹那憐憫の交った軽侮を感じるだろう。彼女は女らしい自分流儀の直覚で、佇んでいる私の顔を正面から見たら、浅間しい程物慾しげな相貌を尖ら・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ 作家と批評家との関係で、作家の側から屡々作家を育てるような批評がない、と文芸評論への軽侮のように表現されるけれども、それはそれだけが作家の心理の現実の全体ではないのではなかろうか。時を経ても、作家というものは自分の作品について心に刻み・・・ 宮本百合子 「遠い願い」
・・・作家は作家としての軽侮をもってこれに報いたのではあったが、経済・政治生活からの閉め出しは、客観的には紅葉を再び魯文に近いところへ押し戻した。俗輩どもを無視する作家としての誇りを、紅葉は自身の文学的感覚、教養に認めるしかなかったのであるが、ヨ・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・ 書物はこの境遇の中で、ゴーリキイに生きる力の源泉となったと同時に、限りない屈辱、軽侮、不安を蒙る原因となった。 製図師一家と同じ建物に住んでいる裁縫師のお洒落で怠者の妻からゴーリキイはこっそり本を借りた。それはフランスの通・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・心中大いに僕を軽侮しているのだろう。好いじゃないか。君がロアで、僕がブッフォンか。ドイツ語でホオフナルと云うのだ。陛下の倡優を以て遇する所か。」 秀麿は覚えず噴き出した。「僕がそんな侮辱的な考をするものか。」「そんなら頭からけんつく・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・美しい目は軽侮、憐憫、嘲罵、翻弄と云うような、あらゆる感情を湛えて、異様に赫いている。 私は覚えず猪口を持った手を引っ込めた。私の自尊心が余り甚だしく傷けられたので、私の手は殆ど反射的にこの女の持った徳利を避けたのである。「あら。ど・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫