・・・その袈裟の顔を見ると、今までに一度も見えなかった不思議な輝きが目に宿っている。姦婦――そう云う気が己はすぐにした。と同時に、失望に似た心もちが、急に己の目ろみの恐しさを、己の眼の前へ展げて見せた。その間も、あの女の淫りがましい、凋れた容色の・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・――そのモノメニアックな眼の色が、殊にこう云う場合には、気味の悪い輝きを加えるのだった。 旅団参謀は将軍に、ざっと事件の顛末を話した。が、将軍は思い出したように、時々頷いて見せるばかりだった。「この上はもうぶん擲ってでも、白状させる・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・勝つ者は青史の天に星と化して、芳ばしき天才の輝きが万世に光被する。敗れて地に塗れた者は、尽きざる恨みを残して、長しなえに有情の人を泣かしめる。勝つ者はすくなく、敗るる者は多い。 ここにおいて、精神界と物質界とを問わず、若き生命の活火を胸・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・と、黒痘痕の眼も輝き、天狗、般若、白狐の、六箇の眼玉も赫となる。「まだ足りないで、燈を――燈を、と細い声して言うと、土からも湧けば、大木の幹にも伝わる、土蜘蛛だ、朽木だ、山蛭だ、俺が実家は祭礼の蒼い万燈、紫色の揃いの提灯、さいかち茨の赤・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・侍女 そして、雪のようなお手の指を環に遊ばして、高い処で、青葉の上で、虹の膚へ嵌めるようになさいますと、その指に空の色が透通りまして、紅い玉は、颯と夕日に映って、まったく虹の瞳になって、そして晃々と輝きました。その時でございます。お庭も池・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・強みがあって輝きがあってそうして色がある。その色が目に見えるほど活きた色で少しも固定しておらぬ。一度は強く輝いてだんだんに薄くなる。木の葉の形も小鳥の形もはっきり映るようになると、きわめて落ちついた静かな趣になる。 省作はそのおもしろい・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・侍女たちが手に手を取って投げる金銀の輝きと、お姫さまの赤い着物とが、さながら雲の舞うような、夕日に映る光景は、やはり陸の人々の目に見られたのです。「お姫さまの船が、海の中に沈んでしまったのだろうか。」と、陸では、みんなが騒ぎはじめました・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・ほんとうにその晩はいいお月夜で、青い波の上が輝きわたって、空は昼間のように明るくて、静かでありました。そして、その赤い船の甲板では、いい音楽の声がして、人々が楽しく打ち群れているのが見えました。」と語り聞かして、つばめは、またどこへか飛・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・夏草の茂った中洲の彼方で、浅瀬は輝きながらサラサラ鳴っていた。鶺鴒が飛んでいた。 背を刺すような日表は、蔭となるとさすが秋の冷たさが跼っていた。喬はそこに腰を下した。「人が通る、車が通る」と思った。また「街では自分は苦しい」と思・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・しかしその美しい眼はなんの輝きもあらわさなかった。「僕はここへ来るといつもあの路を眺めることにしているんです。あすこを人が通ってゆくのを見ているのです。僕はあの路を不思議な路だと思うんです」「どんなふうに不思議なの」 母はややた・・・ 梶井基次郎 「闇の書」
出典:青空文庫