・・・ 私は睡ったふりもしていられぬので、余儀なく返事をして顔を挙げた。そして上さんのさしだす宿帳と矢立とを取って、まずそれを記してから、「その……宿代だが、明朝じゃいかんでしょうか。」「明朝――今夜持合せがないのかね。」「明朝に・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・ 咽喉にひっ掛った返事をした。二、三度咳ばらいして、そのまま坐っていた。なんだかこの夫婦者の前へ出むく気がしなかったのである。「お出なはれな」 再び声が来た。 すると、もう私は断り切れず、雨戸のことで諒解を求める良い機会でも・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・昨日の朝出した電報の返事すら来てなかった。 三 その翌日の午後、彼は思案に余って、横井を署へ訪ねて行った。明け放した受附の室とは別室になった奥から、横井は大きな体躯をのそり/\運んで来て「やあ君か、まああがれ」斯う云・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・勝子は小さい扇をちらと見せて姉に纏いつきかけた。「そんならお母さん、行って来ますで……」 姉がそう言うと「勝子、帰ろ帰ろ言わんのやんな」と義母は勝子に言った。「言わんのやんな」勝子は返事のかわりに口真似をして峻の手のなかへ入・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・光代はただ受答えの返事ばかり、進んで口を開かんともせず。 妙なことを白状しましょうか。と辰弥は微笑みて、私はあなたの琴を、この間の那須野のほかに、まあ幾度聞いたとお思いなさる。という。またそのようなことを、と光代は逃ぐるがごとく前へ出で・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・「ついてはご自身で返事書きたき由仰せられ候まま御枕もとへ筆墨の用意いたし候ところ永々のご病気ゆえ気のみはあせりたまえどもお手が利き候わず情けなき事よと御嘆きありせめては代筆せよと仰せられ候間お言葉どおりを一々に書き取り申し候 必・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・彼は、心でそのいかめしさに反撥しながら、知らず/\素直におど/\した返事をした。「そのまゝこっちへ来い。」 下顎骨の長い、獰猛に見える伍長が突っ立ったまゝ云った。 彼は、何故、そっちへ行かねばならないか、訊ねかえそうとした。しか・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・と訊く。返辞が無い。「気色が悪いのじゃなくて。」とまた訊くと、うるさいと云わぬばかりに、「何とも無い。」 附き穂が無いという返辞の仕方だ。何とも無いと云われても、どうも何か有るに違い無い。内の人の身分が好くなり、交際が上・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・妹はそれにどう返事をしていゝか分らなかった。 母はブツ/\云いながら、それでもお前が「四・一六」に踏み込まれたときとはちがって、平気で表の戸を開けに行った。それは女ばかりの家で、母にはお前のことだけのぞけば、あとはちっとも心配することが・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・く同伴の男ははや十二分に参りて元からが不等辺三角形の眼をたるませどうだ山村の好男子美しいところを御覧に供しようかねと撃て放せと向けたる筒口俊雄はこのごろ喫み覚えた煙草の煙に紛らかしにっこりと受けたまま返辞なければ往復端書も駄目のことと同伴の・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
出典:青空文庫