・・・てあの人は宮に入り、驢馬から降りて、何思ったか、縄を拾い之を振りまわし、宮の境内の、両替する者の台やら、鳩売る者の腰掛けやらを打ち倒し、また、売り物に出ている牛、羊をも、その縄の鞭でもって全部、宮から追い出して、境内にいる大勢の商人たちに向・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・最初の女房もひどい奴でしたが、二番目のは、なおたちが悪く、三番目のは、逃げるどころか、かえって私を追い出しました。 へんな事を言うようですが、私はこれでも、結婚にあたって私のほうから積極的に行動を開始した事は一度も無く、すべて女性のほう・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・貞淑の妻を、犬か猫のように虐待して、とうとう之を追い出した。その他、様々の伝説が嘲笑、嫌悪憤怒を以て世人に語られ、私は全く葬り去られ、廃人の待遇を受けていたのである。私は、それに気が附き、下宿から一歩も外に出たくなくなった。酒の無い夜は、塩・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 祖母を追い出してから、末弟は、おもむろに所謂、自分の考えなるものを書き加えた。「けれども、これから不仕合せが続きます。魔法使いの娘と、王子とでは、身分があまりに違いすぎます。ここから不仕合せが起るのです。あとは大姉さんに、お願いい・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ このごろ、のら猫の連れていた子猫のうちの一匹がどうしたわけか家の中へはいり込んで来て、いくら追い出しても追い出してもまたはいって来て、人を恋しがって離れようとしない。まっ黒な烏猫であるが、頭から首にかけて皮膚病のようなものが一面に広が・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・父親は云う事を聴かないと、家を追出して古井戸の柳へ縛りつけるぞと怒鳴って、爛たる児童の天真を損う事をば顧みなかった。ああ、恐しい幼少の記念。十歳を越えて猶、夜中一人で、厠に行く事の出来なかったのは、その時代に育てられた人の児の、敢て私ばかり・・・ 永井荷風 「狐」
・・・そのすべては娘のかたづいた先の夫の不身持ちから起こったのだといえばそれまでであるが、父母だって、娘の亭主を、業務上必要のつきあいから追い出してまで、娘の権利と幸福を庇護しようと試みるほどさばけない人たちではなかった。三 実を・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ペリカンを追い出した余は其姉妹に当るオノトを新らしく迎え入れて、それで万年筆に対して幾分か罪亡ぼしをした積なのである。 夏目漱石 「余と万年筆」
・・・この林からさえ追い出しとけぁいいんだ。おい。お前たちね、今日はここへ非常なえらいお方が入らっしゃるんだから此処に居てはいけないよ。野原に居たかったら居てもいいからずうっと向うの方へ行ってしまってここから見えないようにするんだぞ。声をたてても・・・ 宮沢賢治 「二人の役人」
・・・ 赤い着物を着た娘は、血相をかえて後を追い出した。追われると心付いて、男は洋袴にはまった脚を目まぐるしく動かして逃げる。後から娘は、加速度的に速さを増して追いすがろうとする。―― 二人の後姿が、見えないようになると、何と云う訳なのか・・・ 宮本百合子 「或日」
出典:青空文庫