・・・自分ひとりなら、無理も云えるのだが、といって、娘を追い返すわけにもいかない。 宿なしの悲しさが、土砂降りの雨のように小沢の心に降り注いで来た。「困ったなア……」 小沢は眉毛まで情けなく濡れ下りながら、呟いた。 長い間、雨の中・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・お前もまさか、お釈迦様が檀特山へはいって修行したというほどの決心で帰ってきたというものを、追返すというわけにも行くまい。その代り俺の方で惣治からの仕送りを断るから、それでお前は別に生計を立てることにしたがいいだろう。とにかくいっしょにいると・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・あるいは福の神はこの婆さんの内の門口まで行くのであるけれど、婆さんの方で、福なんかいらないというて追い返すような人相とも見える。……………次も二人乗の車だが今度は威勢が善い。乗ってる者は、三十余りか四十にも近い位の、かっぷくの善い、堅帽を被・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
出典:青空文庫