・・・(忰と父親が寄ろうとしますと、変な声を出して、 寄らっしゃるな、しばらく人間とは交らぬ、と払い退けるようにしてそれから一式の恩返しだといって、その時、饅頭の餡の製し方を教えて、屋根からまた行方が解らなくなったと申しますが、それからは・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・「もう私……気味が悪いの、可厭だなぞって、そんな押退けるようなこと言えませんわ。あんまり可哀想な方ですもの。それはね、あの、うぐい亭――ずッと河上の、川魚料理……ご存じでしょう。」「知ってるとも。――現在、昨日の午餉はあすこで食べた・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・北原氏が荷風以下多くの作家を時評で退ける時の強さを、いつ作品の上で示すのだろうか。たしかに、文学は文学者にとって唯一の人生であり、運命だ。たとえば、北原氏にとって運命であるように、荷風にとっても運命であろう。荷風の思想は低いかも知れぬが、北・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・――自分はこうも思いたかったのだが、迂濶に物を書いてはならない――そうした気持を払い退けることができなかった。あまりにも暗い刺戟的な作――つまりはその基調となっている現在の生活を棄てなければ、出て行かなければ――それが第一の問題なのだが、と・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・なんでも我慢の出来ないほど自分達の上に加えられていた抑圧をこの叫声で跳ね退けるのではないかと思われた。「雪はもうおしまいだ。今に春が来る。そして春になればまた為事がある。」 この群の跡から付いて来た老人は今の青年の叫声を聞くや否や、例の・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・と云って若い技師の進言を言下に退ける局長もまた珍しくはないであろう。これらの大家や局長がアイネアスの兵法を読んでいなかったおかげで電信印字機や写真放送機が完成したかもしれないのである。 三 御馳走を喰うと風邪を引く話・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・ 由子はお千代ちゃんと一緒にかえる為に、女学校が退けると小学校まで廻った。お千代ちゃんが当番で、二人並び東片町の大通りを来ると、冬など、もう街燈が灯っていることもあった。 * 由子とお千代ちゃんは歌をうた・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
・・・このようなことは、禅機に達することだとは思わないが、カルビン派のように、知識で信仰にはいろうとしなければならぬ近代作家の生活においては、孝道氏の考え方は迷いを退けるには何よりの近道ではないかと思う。 他人のことは私は知らないが自分一人で・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ 三度目の時は学校の退けるときで、皆の学童が包を仕上げて礼をしてから出ようとすると、教師は吉を呼び止めた。そして、もう一度礼をし直せと叱った。 家へ走り帰ると直ぐ吉は、鏡台の抽出から油紙に包んだ剃刀を取り出して人目につかない小屋の中・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫