・・・衰亡のクラスにふさわしき破廉恥、頽廃の法をえらんだ。ひとりでも多くのものに審判させ嘲笑させ悪罵させたい心からであった。有夫の婦人と情死を図ったのである。私、二十二歳。女、十九歳。師走、酷寒の夜半、女はコオトを着たまま、私もマントを脱がずに、・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・そのとき諸君は夕焼を、不健康、頽廃、などの暴言で罵り嘲うことが、できるであろうか。できるとも、と言下に答えて腕まくり、一歩まえに進み出た壮士ふうの男は、この世の大馬鹿野郎である。君みたいな馬鹿がいるから、いよいよ世の中が住みにくくなるのだ。・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ 頽廃の児、自然の児 太宰治は簡単である。ほめればいい。「太宰治は、そのまま『自然。』だ。」とほめてやれ。以上三項目、入院の前夜したためた。このたびの入院は私の生涯を決定した。・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・経済的には膨脹していても、真の生活意識はここでは、京都の固定的なそれとはまた異った意味で、頽廃しつつあるのではないかとさえ疑われた。何事もすべて小器用にやすやすとし遂げられているこの商工業の都会では、精神的には衰退しつつあるのでなければ幸い・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・ わたくしの頽廃した健康と、日々の雑務とは、その後十余年、重ねてこの水郷に遊ぶことを妨げていたが、昭和改元の後、五年の冬さえまた早く尽きようとするころであった。或日、深川の町はずれを処定めず、やがて扇橋のあたりから釜屋堀の岸づたいに歩み・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・そんな所へ人の出入りがあろうなどと云うことは考えられない程、寂れ果て、頽廃し切って、見ただけで、人は黴の臭を感じさせられる位だつた。 私は通りへ出ると、口笛を吹きながら、傍目も振らずに歩き出した。 私はボーレンへ向いて歩きながら、一・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 婦人の道徳の頽廃が歎かれている。しかし、これとても、一方では、食物につながった社会問題なのである。婦人の労働問題の合理的な解決が必要である一方に、食糧事情の民主的解決が緊急事となって来ている。 そのために、各種の現存の機構、組合に・・・ 宮本百合子 「合図の旗」
・・・ 四 頽廃への抵抗 学生運動の分野で女子学生の活動はどんなものでしょうかときいたらば、編集部は次のように答えられました。「男の学生に比較すれば量において少いし、人間的生長といった面でも遅れているように見受けられ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・未開なバリ島の性の祭典には、けがされない性の陶酔があり、主人公のところに東京のひきさかれた生存の頽廃があるというコントラストだけがとらえられても、従属させられている男女の社会生活におけるヒューマニティーの課題はこたえられきれない。 ・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・そういう道徳的頽廃を起すから女の失業者の問題を解決しなければならないけれども、社会的解決は資本主義的民主主義ではできません。だからある点ではこれらの民主主義社会は、すべてのものの幸福のためにつくられた社会であるといわれているけれども、その内・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
出典:青空文庫