・・・宵の内通った山田から相の山、茶店で聞いた五十鈴川、宇治橋も、神路山も、縦に長く、しかも心に透通るように覚えていたので。 その時、もう、これをして、瞬間の以前、立花が徒に、黒白も分かず焦り悶えた時にあらしめば、たちまち驚いて倒れたであろう・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・全体が薄樺で、黄色い斑がむらむらして、流れのままに出たり、消えたり、結んだり、解けたり、どんよりと濁肉の、半ば、水なりに透き通るのは、是なん、別のものではない、虎斑の海月である。 生ある一物、不思議はないが、いや、快く戯れる。自在に動く・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・「ははん――姫様のおめしもの持て――侍女がそう言うと、黒い所へ、黄色と紅条の縞を持った女郎蜘蛛の肥えた奴が、両手で、へい、この金銀珠玉だや、それを、その織込んだ、透通る錦を捧げて、赤棟蛇と言うだね、燃える炎のような蛇の鱗へ、馬乗りに乗っ・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・上頤下頤へ拳を引掛け、透通る歯と紅さいた唇を、めりめりと引裂く、売女。(足を挙げて、枯草を踏蹂画工 ううむ、(二声ばかり、夢に魘紳士 女郎、こっちへ来い。(杖をもって一方を指侍女 はい。紳士 頭を着けろ、被れ。俺の前を烏のよ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・草のもみじを、嫁菜のおくれ咲が彩って、枯蘆に陽が透通る。……その中を、飛交うのは、琅ろうかんのような螽であった。 一つ、別に、この畷を挟んで、大なる潟が湧いたように、刈田を沈め、鳰を浮かせたのは一昨日の夜の暴風雨の余残と聞いた。蘆の穂に・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 再び巨榎の翠の蔭に透通る、寂しく澄んだ姿を視た。 水にも、満つる時ありや、樹の根の清水はあふれたり。「ああ、さっき水を飲んだ時でなくて可かった。」 引立てて階を下りた、その蔀格子の暗い処に、カタリと音がした。「あれ、薙・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・……ピイ、チョコ、キイ、キコと鳴く、青い鳥だの、黄色な鳥だの、可愛らしい話もあったが、聞く内にハッと思ったのは、ある親島から支島へ、カヌウで渡った時、白熱の日の光に、藍の透通る、澄んで静かな波のひと処、たちまち濃い萌黄に色が変った。微風も一・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 乳も白々と、優しさと可懐しさが透通るように視えながら、衣の綾も衣紋の色も、黒髪も、宗吉の目の真暗になった時、肩に袖をば掛けられて、面を襟に伏せながら、忍び兼ねた胸を絞って、思わず、ほろほろと熱い涙。 お妾が次の室から、「切れま・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・水はその陰から透通る霞のように流れて、幅十間ばかり、水筋を軽くすらすらと引いて行きます。この水面に、もし、ふっくりとした浪が二ツ処立ったら、それがすぐに美人の乳房に見えましょう。宮の森を黒髪にして、ちょうど水脈の血に揺らぐのが真白な胸に当る・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・赤蜻蛉の羽も、もみじを散して、青空に透通る。鐘は高く竜頭に薄霧を捲いて掛った。 清水から一坂上り口に、薪、漬もの桶、石臼なんどを投遣りにした物置の破納屋が、炭焼小屋に見えるまで、あたりは静に、人の往来はまるでない。 月の夜はこの納屋・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
出典:青空文庫