・・・ 軽焼は本と南蛮渡りらしい。通称丸山軽焼と呼んでるのは初めは長崎の丸山の名物であったのが後に京都の丸山に転じたので、軽焼もまた他の文明と同じく長崎から次第に東漸したらしい。尤も長崎から上方に来たのはかなり古い時代で、西鶴の作にも軽焼の名・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 草津電鉄で、駅と旧軽井沢との間に通称「白樺電車」というものを通わせている。いかにも軽井沢らしい象徴的な交通機関である。柱や手すりを白樺の丸太で作り、天井の周縁の軒ばからは、海水浴場のテントなどにあるようなびらびらした波形の布切れをたれ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・畸人という通称があったが、しかし難儀な病気の診断が上手だと云う評判であった。ある時山奥のまた山奥から出て来た病人でどの医者にも診断のつかない不思議な難病の携帯者があった。横山先生のところへ連れて行くと、先生は一目見ただけで、これはじきに直る・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・の外に砒素の薬が入っていたらしくて、それは心臓の為や体の再建の為に役立ったのでしょうが、あれの特徴で興奮性だからそういう刺激があって、レロレロのくせに働きすぎるというような傾きがありましたが、うちでの通称「ウワバミ」が切れたら、たががゆるん・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ざっといって見ると、明月谷に他から移り住んだ元祖である元記者の某氏、病弱な彫刻家である某氏、若いうちから独身で、囲碁の師匠をし、釈宗演の弟子のようなものであった某女史、決して魚を食わない土方の親方某、通称家鴨小屋の主人某、等々が、宇野浩二氏・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・転向文学という独特な通称がおこったほど、当時は過去を描いた作品がプロレタリア作家によって発表されたのであったが、その一貫した特徴は、文化運動を通じての活動によって法律の制裁をも受けた当事者たちの箇人的な意味での自己曝露であり、良心の苦悩の告・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・この間新聞に、通称ママといわれる売笑婦が焼跡の空きビルで屍体となって発見されたという記事がありました。世界には有名なゾラの小説でナナという売笑婦がありました。ミミという売笑婦もいました。ルルという女もいます。同じ字を二つ重ねた売笑婦の愛嬌の・・・ 宮本百合子 「自覚について」
・・・三人をのせた大型パッカードはバクーの市から十二露里隔った通称「黒い町」大油田へ向って矢のように走っている――。 四 坦々とした一条のコンクリート道が曇った空の下に高く堤防のように延びている。声が千切れてとぶ・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・宗房より二つばかり年上であった大阪生れの西鶴は、通称を平山藤五と云い、有徳な町人であった。妻に早世され、娘を早く喪ってからは店を手代にゆずって僧にもならず一種の楽隠居で、半年は旅に半年は家居して暮すという境遇の俳人、談林派の宗匠であった。町・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・しかし、私たち日本の女は、夫の戦死されたあと、ママという通称をもった街の女がいて、三人の子供をどこかにのこしたまま、くびり殺されたことを忘れてはならない。今日の日本では子持の街の女も、かなりの高率であるにちがいない。 結婚と、その分離で・・・ 宮本百合子 「離婚について」
出典:青空文庫