・・・「なに、造作はありません。東京の川や掘割りは河童には往来も同様ですから。」 僕は河童も蛙のように水陸両棲の動物だったことに今さらのように気がつきました。「しかしこの辺には川はないがね。」「いえ、こちらへ上がったのは水道の鉄管・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・主人は近所の工場か何かへ勤めに行った留守だったと見え、造作の悪い家の中には赤児に乳房を含ませた細君、――彼の妹のほかに人かげはなかった。彼の妹は妹と云っても、彼よりもずっと大人じみていた。のみならず切れの長い目尻のほかはほとんど彼に似ていな・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・白い革紐は、腰を掛けている人をらくにして遣ろうとでもするように、巧に、造作もなく、罪人の手足に纏わる。暫くの間、獄丁の黒い上衣に覆われて、罪人の形が見えずにいる。一刹那の後に、獄丁が側へ退いたので、フレンチが罪人を見ると、その姿が丸で変って・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・大女の、わけて櫛巻に無雑作に引束ねた黒髪の房々とした濡色と、色の白さは目覚しい。「おやおや……新坊。」 小僧はやっぱり夢中でいた。「おい、新坊。」 と、手拭で頬辺を、つるりと撫でる。「あッ。」と、肝を消して、「ま・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・「よい、よい、遠くなり、近くなり、あの破鐘を持扱う雑作に及ばぬ。お山の草叢から、黄腹、赤背の山鱗どもを、綯交ぜに、三筋の処を走らせ、あの踊りの足許へ、茄子畑から、にょっにょっと、蹴出す白脛へ搦ましょう。」この時の白髪は動いた。「・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・を主としたものではない、形の通りの道具がなければ出来ないというものでもない、利休は法あるも茶にあらず法なきも茶にあらずと云ってある位である、されば聊かの用意だにあれば、日常の食事を茶の湯式にすることは雑作もないことである、只今日の日本家庭の・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ 今なら三千円ぐらいは素丁稚でも造作もなく儲けられるが、小川町や番町あたりの大名屋敷や旗下屋敷が御殿ぐるみ千坪十円ぐらいで払下げ出来た時代の三千円は決して容易でなかったので、この奇利を易々と攫んだ椿岳の奇才は天晴伊藤八兵衛の弟たるに恥じ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・顔の造作も貧弱だったが、唇だけが不自然に大きかった。これは女も同じだった。女の唇はおまけに著しく歪んでいた。それに、女の斜眼は面と向ってみると、相当ひどく、相手の眼を見ながら、物を言う癖のある私は、間誤つかざるを得なかった。 暫らく取り・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・父親は顔の造作が一つ一つ円くて、芸名も円団治でした。それで浜子は新次のことを小円団治とよんで、この子は芸人にしまんねんと喜んでいたが、おきみ婆さんにはそれがかねがね気羨かったのでしょう。私を送って行った足で上りこむなり、もう嫌味たっぷりに、・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・先方だって、まさか、そんな乱暴なことしやしないだろうがね、それは元々の契約というものは、君が万一家賃を払えない場合には造作を取上げるとか家を釘附けにするとかいうことになって居るんではないのだからね、相当の手続を要することなんで、そんな無法な・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫