・・・ 容貌甚だ憔悴し、全身黒み痩せて、爪長く髯短し、ただこれのみならむには、一般乞食と変わらざれども、一度その鼻を見る時は、誰人といえども、造化の奇を弄するも、また甚だしきに、驚かざるを得ざるなり。鼻は大にして高く、しかも幅広に膨れたり。そ・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ 恋愛を一種の熱病と見て、解熱剤を用意して臨むことを教え、もしくは造化の神のいたずらと見てユーモラスに取り扱うという態度も、私の素質には不釣り合いのことであろう。 かようにして浪曼的理想主義者としての私の、恋愛運命論を腹の底に持って・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・女性の造化から与えられているさまざまの霊能が恋愛の本能の開発する時期に同時に目をさまし、生き生きとあらわれてくる。美と力とそしてことに霊の憧憬が恋愛の感情とともにあらわれるということは、面白いまたありがたい事実といわねばならぬ。徳、善、道と・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・これも造化の戯れの一つであろうという評判であった。 ある時、友人間でその噂があった時、一人は言った。 「どうも不思議だ。一種の病気かもしれんよ。先生のはただ、あくがれるというばかりなのだからね。美しいと思う、ただそれだけなのだ。我々・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・こうした造化の設計には浅墓なわれわれには想像もつかないような色々の意図があるかもしれないという気がする。 以上のような花に比べると例えばホタルブクロのような大きな花は却って二十倍くらいに廓大して見てもそれ程びっくりするような意外な発見は・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・ これらの平凡すぎるほど平凡な事実の中に、実に驚嘆すべき造化の妙機のあることに今まで少しも心づかないでいたのが、今度の子供の災難に会って始めて少しばかりわかりかけて来たような気がする。 犬や猫はこれをちゃんと心得ているようである。そ・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・ 写生文を鼓吹した子規、「草花の一枝を枕元に置いて、それを正直に写生していると造化の秘密がだんだん分って来るような気がする」と云った子規が自然科学に多少興味を有つという事は当然であったかも知れない。『仰臥漫録』に「顕微鏡にて見たる澱・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・このように物を食うための器械としての歯や舌が同時に言語の器械として二重の役目をつとめているのは造化の妙用と言うか天然の経済というか考えてみると不思議なことである。動物の中でもたとえばこおろぎや蝉などでは発声器は栄養器官の入り口とは全然独立し・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・これらの方法によって「無心のものを有心にしなして造化に魂を入れる事」が可能になるのである。 常に俳諧に親しんでその潜在意識的連想の活動に慣らされたものから見ると、たとえば定家や西行の短歌の多数のものによって刺激される連想はあまりに顕在的・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・古法古言を盲信して万世不易の天道と認め、却て造化の原則を知らず時勢の変遷を知らざるは、古学者流の通弊にこそあれ。人智の進歩は盲信を許さゞるなり。古人が女子を床の下に臥さしめて男天女地の差別を示したるは古人の発意にして、其意は以て人間万世の法・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫