・・・などと呼ばれていたのも、完くこの忠諫を進める所から来た渾名である。 林右衛門は、修理の逆上が眼に見えて、進み出して以来、夜の目も寝ないくらい、主家のために、心を煩わした。――既に病気が本復した以上、修理は近日中に病緩の御礼として、登城し・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・保吉はそう信じていたから、この場合も退屈し切ったまま、訳読を進めるより仕かたなかった。 しかし生徒の訳読に一応耳を傾けた上、綿密に誤を直したりするのは退屈しない時でさえ、かなり保吉には面倒だった。彼は一時間の授業時間を三十分ばかり過した・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・我等に、生甲斐を感じさせ、悦楽と向上の念とを与え、力強く生活の一歩を進めるものであったなら、芸術として、詩として、それは絶対のものでなければならぬ。 況んや、今日の生活は、目的への手段でもなければ、未来への段階と解すべき筈のものでもない・・・ 小川未明 「単純化は唯一の武器だ」
・・・いろ御馳走になったお礼や、その後一度伺おう伺おうと思いながら、手前にかまけてつい御無沙汰をしているお詫びなど述べ終るのを待って、媼さんは洋銀の細口の煙管をポンと払き、煙をフッと通して、気忙しそうに膝を進める。「実はね、お光さん、今日わざ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・そしてもう一歩想像を進めるならば、月が少し西へ傾きはじめた頃と思います。もしそうとすればK君のいわゆる一尺ないし二尺の影は北側といってもやや東に偏した方向に落ちるわけで、K君はその影を追いながら海岸線を斜に海へ歩み入ったことになります。・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・槍を歩のように一つずつ進める。」「井伏の小説は、決して攻めない。巻き込む。吸い込む。遠心力よりも求心力が強い。」「井伏の小説は、泣かせない。読者が泣こうとすると、ふっと切る。」「井伏の小説は、実に、逃げ足が早い。」 また、或・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・八方ふさがり、と言ってしまうと、これもウソなのである。進める。生きておれる。真暗闇でも、一寸さきだけは、見えている。一寸だけ、進む。危険はない。一寸ずつ進んでいるぶんには、間違いないのだ。これは、絶対に確実のように思われる。けれども、――ど・・・ 太宰治 「八十八夜」
一 花吹雪という言葉と同時に、思い出すのは勿来の関である。花吹雪を浴びて駒を進める八幡太郎義家の姿は、日本武士道の象徴かも知れない。けれども、この度の私の物語の主人公は、桜の花吹雪を浴びて闘うところだけは少・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・尤もこの考えはオリンピアの昔から、あらゆる試験制度に通じて現われているので、それ自身別に新しいことではないが、問題は制度の力で積極的にどこまで進めるかにある、と著者は云っている。これに対するアインシュタインの考えは試験嫌いの彼に相当したもの・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・これを究めてどこまでが分っているかという境界線を究め、しかる後その境界線以外に一歩を進めるというのが多くの科学者の仕事である。科学上の権威者と称せらるる者はなるべく広い方面にわたってこの境界線の鳥瞰図を持っている人である、そして各方面からこ・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
出典:青空文庫