・・・……この雛はちと大金のものゆえに、進上は申されぬ――お邪魔でなくばその玩弄品は。」と、確と祖母に向って、道具屋が言ってくれた。が、しかし、その時のは綺麗な姉さんでも小母さんでもない。不精髯の胡麻塩の親仁であった。と、ばけものは、人の慾に憑い・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・八橋一面の杜若は、風呂屋へ進上の祝だろう。そんな比羅絵を、のしかかって描いているのが、嬉しくて、面白くって、絵具を解き溜めた大摺鉢へ、鞠子の宿じゃないけれど、薯蕷汁となって溶込むように……学校の帰途にはその軒下へ、いつまでも立って見ていた事・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・た娘が口を添えて、大層お気に入ったご様子ですが、お気に召しましたのは其盃の仕合せというものでございます、宜しゅうございますからお持帰下さいまし、失礼でございますけれど差上げとうございます、ねえお父様、進上げたっていいでしょう、と取りなしてく・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・ござりますともござりますともこればかりでも青と黄と褐と淡紅色と襦袢の袖突きつけられおのれがと俊雄が思いきって引き寄せんとするをお夏は飛び退きその手は頂きませぬあなたには小春さんがと起したり倒したり甘酒進上の第一義俊雄はぎりぎり決着ありたけの・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・もとより江戸と駿府とに分けて進上するという初めからのしくみではなかったので、急に抜差しをしてととのえたものであろう。江戸で出した国書の別幅に十一色の目録があったが、本書とは墨色が相違していたそうである。 この日に家康は翠色の装束をして、・・・ 森鴎外 「佐橋甚五郎」
出典:青空文庫