・・・もっともこの分け方の方が、明暸で適切のように思われますから、双方違っていてもけっして諸君の御損にはなりません。さて前にも申す通り、知、情、意なる我々の精神的作用は区別のできるにもかかわらず、区別されたまま、他と関係なく発現するものでない、の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・というと、片方と片方は紅白見たように別れているように見えますが、一人の人がこの両面を有っているということが一番適切である。人間には二種の何とかがあるということを能くいうものですが、それは大変間違いだ。そうすると片方は片方だけの性格しか具えて・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・私は、光線は誰に属すべきものかという問題の方が、監獄にあっては、現在でも適切な命題と考える。 小さな葉、可愛らしい花、それは朝日を一面に受けて輝きわたっているではないか。 総べてのものは、よりよく生きようとする。ブルジョア、プロレタ・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・而してその黙するや、これをいうを忘れたるに非ず、時あっていうときは、その言も亦適切にして、忌憚するところなきがゆえに、時としては俗耳を驚かすことなきに非ざれども、これはただ聴者不学の罪のみ。その適例は近きにあり。 近来世上に民権の議論し・・・ 福沢諭吉 「経世の学、また講究すべし」
・・・文章活ざれば意ありと雖も明白なり難く、脚色は意に適切ならんことを要す。適切ならざれば意充分に発達すること能わず。意は実相界の諸現象に在っては自然の法則に随って発達するものなれど、小説の現象中には其発達も得て論理に適わぬものなり。譬ば恋情の切・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・など置きたると大差なけれど、なお漢語の方適切なるべし。 第三は支那の成語を用うるものにして、こは成語を用いたるがために興あるもの、または成語をそのままならでは用いるべからざるものあり。支那の人名地名を用い、支那の古事風景等を詠ずる場合は・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・愛が聖らかであるなら、それは純潔な怒りと憎悪と適切な行動に支えられたときだけです。そして、現代の常識として忘れてならぬ一つのことは、愛にも階級性があるという、無愛想な真実です。〔一九四八年二月〕・・・ 宮本百合子 「愛」
・・・れは男の封建性とか一部の今日の特権者の腐敗という小さい問題ではない、金と女と酒という、もっともひくい所から人間の値うちが証明されてくる――その点からさえも彼等が落第であるということを選挙直前のもっとも適切なときに自分から証明したものです。・・・ 宮本百合子 「泉山問題について」
・・・この関係を最も適切に言い現わすため、私はかつて創作の心理を姙娠と産出とに喩えたことがある。実際生命によって姙まれたもののみが生きて産まれるのである。我々は創作に際して手細工に土人形をこさえるような自由を持っていない。我々はむしろ姙まれたもの・・・ 和辻哲郎 「創作の心理について」
・・・もともと先生の芸術について適切な評論をなし得ようとは思っていなかったから、これくらいで筆を擱きたい。 先生の芸術についてはなお論ずべき事が多い。私は先生が「何を描こうとしたか」について粗雑な手をちょっと触れたのみで、「いかに描いたか」の・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫