・・・その恰好は贔屓眼に見ても、大川の水へ没するよりは、蚊帳へはいるのに適当していた。 空虚の舞台にはしばらくの間、波の音を思わせるらしい、大太鼓の音がするだけだった。と、たちまち一方から、盲人が一人歩いて来た。盲人は杖をつき立てながら、その・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・が、私は、賢明なる閣下が、必ず私たち夫妻のために、閣下の権能を最も適当に行使せられる事を確信して居ります。どうか昭代をして、不祥の名を負わせないように、閣下の御職務を御完うし下さい。 猶、御質問の筋があれば、私はいつでも御署まで出頭致し・・・ 芥川竜之介 「二つの手紙」
・・・これは適当の方法をもって必ず皆済していただかねばなりません。私はそれを諸君全体に寄付して、向後の費途に充てるよう取り計らうつもりでいます。 つまり今後の諸君のこの土地における生活は、諸君が組織する自由な組合というような形になると思います・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・ とその時まで、肩が痛みはしないかと、見る目も気の毒らしいまで身を緊めた裾模様の紫紺――この方が適当であった。前には濃い紫と云ったけれども――肩に手を掛けたのは、近頃流行る半コオトを幅広に着た、横肥りのした五十恰好。骨組の逞ましい、この・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・が、あるかネ、技師になる適当の女が?」というと、さもこそといわぬばかりに、「ある、ある、打って付けのお誂え向きという女がある。技術はこれから教育まにゃならんが、技術は何でもない。それよりは客扱い――髯の生えた七難かしい軍人でも、訳の解らない・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・神と天然とが示すある適当の方法をもってしますれば、この最悪の状態においてある土地をも元始の沃饒に返すことができます。まことに詩人シラーのいいしがごとく、天然には永久の希望あり、壊敗はこれをただ人のあいだにおいてのみ見るのであります。 ま・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・と、笑談のようにこの男に言ったら、この場合に適当だろうと、女は考えたが、手よりは声の方が余計に顫いそうなので、そんな事を言うのは止しにした。そこで金を払って、礼を云って店を出た。 例の出来事を発明してからは、まだ少しも眠らなかったので、・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・要は、適当なる社会政策の施されざるかぎり、学校か、町会などにて容易に実行されることでなければならぬ。 これについて、富豪の宏大なる邸宅、空地は、市内処々に散在する。彼等の中には、他に幾つも別荘を所有する者もあって、たゞ一つという訳でなく・・・ 小川未明 「児童の解放擁護」
・・・いや、通うというより入りびたっているといった方が適当だろう。店があくのは朝の十一時だが、十時半からもうボックスに収まって、午前一時カンバンになるまでねばっている。ざっと十三時間以上だ。その間一歩も外へ出ない。いわば一日中「カスタニエン」で暮・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・何も寄席だからわるいというわけではないが、矢張り婚約の若い男女が二人ではじめて行くとすれば、音楽会だとかお芝居だとかシネマだとか適当な場所が考えられそうなもの、それを落語や手品や漫才では、しんみりの仕様もないではないか、とそんなことを考えて・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
出典:青空文庫