・・・ 音と光との回折や透過に関する差違はトーキーでもすでにいろいろに利用されている。酒場で悪漢が密談している間に、隣室で球突きのゲームをとる声と球の音が聞こえている。その音が急に高くなったと思うとドアーが開いて女が現われるというようなのは、・・・ 寺田寅彦 「耳と目」
・・・ 女の風俗はカフェーの女給に似た和装と、酒場で見るような洋装とが多く、中には山の手の芸者そっくりの島田も交っている。服装のみならず、その容貌もまた東京の町のいずこにも見られるようなもので、即ち、看護婦、派出婦、下婢、女給、女車掌、女店員・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・ 僕のしばしば出入したカッフェーには給仕の女が三十人あまり、肩揚のある少女が十人あまり。酒場の番をしている男が三四人、帳簿係の女が五六人、料理人が若干人、事務員が二三人。是等の人達の上に立って営業の事務一切を掌る支配人が一人、其助手が一・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・地下室の酒場らしい濃厚な陰翳がなさすぎる。周囲の高い壁がさっぱりしすぎている。声と姿ばかり。真実に心から溶けた雰囲気がない。 あれ程大勢の男や女を舞台に出したのは、勿論、彼等によって、混雑し、もっとした廃頽的雰囲気を感じさせようが為であ・・・ 宮本百合子 「印象」
・・・ふだんでも売る店が町の中でどこときまっていて、あとは閉められたのが多い。酒場も減った。酒場でも店でもアルコールの強い酒は売ることを許されない。 ――ところで、じゃ一月九日――一九〇五年の「血の日曜日」の記念だろう? それはどんなにして行・・・ 宮本百合子 「正月とソヴェト勤労婦人」
・・・ゴーリキイには「主人が下男に対し、酒場の給仕に対するような粗暴さのある無関心なもののように思われた。が、彼自身はそれに気がついていなかった。」客達を送り出しておいてから彼はよくゴーリキイを泊らせた。ゴーリキイとデレンコフとは「部屋を掃除し、・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・きょうはバアを恋しがっていると思えばいち早く洋装になって酒をすすめるために、遂にその良人は、酒場へ行っても「バアの酒は馬鹿らしくて高くて、しかも話相手の女は教養がない。チップをおくのがもったいない」と述懐して早々家へ戻るようになったという実・・・ 宮本百合子 「三つの「女大学」」
出典:青空文庫