・・・これは黒いから、醜男ですわね。」「男かい、二匹とも。ここの家へ来る男は、おればかりかと思ったが、――こりゃちと怪しからんな。」 牧野はお蓮の手を突つきながら、彼一人上機嫌に笑い崩れた。 しかし牧野はいつまでも、その景気を保ってい・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・戸部 俺の兄貴は醜男だったなあ。花田 醜男はいいが髭が生えていないじゃないか。近所の人が悔みに来るとまずいから、そり落して髭を植えてやろう。それから体のほうも造らなきゃ……この棺を隣に持っていって……おいドモ又の弟、おまえそこで・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・面胞だらけの小汚ない醜男で、口は重く気は利かず、文学志望だけに能書というほどではないが筆札だけは上手であったが、その外には才も働きもない朴念人であった。 沼南が帰朝してから間もなくだった。Yは私の仕事の手伝いをしに大抵毎日、朝から来ては・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・で通っている醜男の寺田に作ってやる味噌汁の匂いの方が、貧しかった実家の破れ障子をふと想い出させるような沁々した幼心のなつかしさだと、一代も一皮剥げば古い女だった。風采は上らぬといえ帝大出だし笑えば白い歯ならびが清潔だと、そんなことも勘定に入・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・或るそそっかしい学者が、これこそは人間の骨だ、人間は昔、こんな醜い姿をして這って歩いていたのだ、恥を知れ、などと言って学界の紳士たちをおどかしたので、その石は大変有名になりまして、貴婦人はこれを憎み、醜男は喝采し、宗教家は狼狽し、牛太郎は肯・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ この事ばかりで無く、私がこの生みの母親から奇妙に意地悪くされた思い出は数限りなくございますのでして、なぜ母が私をあんなにいじめたのか、それは勿論、私がこんな醜男に生れ、小さい時から少しも可愛げの無い子供だったせいかも知れませぬが、しか・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・かような男が、何かの因縁で、急にこの還元的一致を得ると、非常な醜男子が絶世の美人に惚れられたように喜びます。「意識の連続」のうちで比較的連続と云う事を主にして理想があらわれてくると、おもに文学ができます。比較的意識そのものの内容を主にし・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫